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今回は『Re:ゼロから始める異世界生活アニメ』4期が放送されればその内容となる6章プレアデス監視塔編についてネタバレ解説していきます。
今回は6章の5つ目で内容としては25巻になります。今回で6章完結になります。今回の話は何度見ても泣いてしまった話です。後は他の巻と比べて分厚いのでかなり長くなっています。
また内容は簡易的にまとめていますので詳しく知りたい方は是非書籍を買いましょう!
WEB版と書籍版では多数変更点がありますが、書籍版に沿った内容で紹介していきます。ではネタバレ解説していきます。
さらにリゼロ2期アニメを全話無料視聴する方法もご紹介します!
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リゼロ25巻ネタバレストーリー
避けられない遭遇
塔から転落し、スバルの意識は途絶える。今回の死は織り込み済みの死だった。欲しかった答えを全て得ることができた。シャウラとの対話を経て、スバルの最終目標ーー全員生存と決めた。シャウラを含めた誰一人欠けずにこの砂の塔を取り巻く事態を解決へ導く。その為に何でもやる。それがーー「俺が、俺である意味。ーーそうだろ『ナツキ・スバル』」その決意の一瞬と共に長い死の淵からに目覚めがくる。
「ーースバル」ベアトリスが呼びかけた。記憶の回廊でのルイ・アルネブとの邂逅から舞い戻った直後の地点。変わらないリスタート地点。だが、ここをスバルのゼロ地点と定めるならば「ーーカウントゼロ、ここから反撃開始の狼煙を上げる」スバルの呟きにベアトリスの瞳が瞬く。ベアトリスは優しい。さからこれから何を試みようとしているのか。そんな話を知ったら反対するに決まってる。だから「ベアトリス、少し慌ただしいことになるぞ。力、貸してくれ」「そんなの当然なのよ。ベティーはスバルのパートナーかしら」何の説明もなしにスバルに協力してくれるベアトリス。彼女の存在が本当の本当にーー■強かった。
視界が開けた瞬間、様変わりした二層の様子にスバルは瞠目した。激しい戦いの爪痕が床に壁に天井に深く刻まれていた。塔を破壊してはならない。これが塔の決まりが破られた一端だとしたら。「塔の仕掛けが塔のルールを破るなよとことん規格外かお前…」「あぁ?なンだ、どこのどいつが上がってくるかと思いやオメエらかよ」そう言うレイドの片手には白目を剥いて半死半生の少年がいた。横顔には見知ったライ・バテンカイトスの面影がある。つまり「暴食のロイ・アルファルド」そう言ったのはスバルではなくユリウスだった。スバルに同行し、道中で合流したユリウスを連れて二層へ直行した。
「リスタート地点から最速で動いても間に合ってねぇ」つまり、剣聖と暴食の遭遇は回避できない。そしてユリウスが既に勝敗は決しているから、暴食を離すんだと言うとレイドは拒否してロイを起こす。そして気が変わったと言い自らを喰わせようとする。そんな時にスバルはレイドに向かって鞭で狙うも掴まれて逆に浮かされる。
■は小説の表現です。ここに何らかの言葉が入りますので、想像してみてください。
次元斬り
ベアトリスも一緒に振り回されるも魔法で転落を阻止、その間にレイドはユリウスを蹴り飛ばす。そうしてロイに喰わせる。「ーーレイド・アストレア」ふっと変化は一瞬で到来し、幻のようにレイドの姿が消えた。足を掴まれていたロイが床に落ち「あァ、すっごいなァ…!あんな味、こんな味、どんな味がするのか想像してたけど…予想以上だったッ!」「クソ、やられた…!」「なんて芳醇な味わい!悪食なんt絵言われてる僕たちもこれを味わったらライの言い分もーーぉ」頬を赤らめるロイの食レポが途中で止まった。
「ま、ま、待って、ぎひひっ、おかし、おかしいじゃないかッ!だって、こんなの…オメエ、変だろ?」「変なこたねえよ、オメエ。喰うか喰われるか、それが生きるっつーことだろうが」暴食らしからぬ発言があった直後、変化が生じた。「ーーああ、やっぱ生の体は違ぇな、肉に血が通ってる感じがしやがる」瞬く間に選手交代し、レイドがロイの肉体を奪い現世への復活を遂げる。
「大罪司教の代わりにレイドが…?」「厳密には喰った相手を再現する暴食の権能を逆手にとって、自我を塗り潰した…だよな?」「難しいこと言ってンじゃねえよ。オメエ稚魚が適当ほざいて…ああ?オメエ…オメエ、あれだな、ーーオメエ、気持ち悪ぃな」次の瞬間、箸の先端がスバルの眼前に迫っていた。それをユリウスが防ぐ。「レイド!あなたの相手は私がーー」「するってか?後ろにお姫様抱えててオレとやり合えるわきゃねえだろうが!」そうしてユリウスをふっとばす。
「必要な時間を稼いでくれたぜ!」「あぁン?」スバルへと振り返ったレイドにベアトリスが大魔法を行使ーー世界の在り方に干渉する。「ーーウル・シャマク」空間に生じるのは巨大な黒い穴。果ての見えないどこまで深いかもわからない恐怖を伴う黒い穴がレイドを呑み込み彼方へ連れ去ろうとする。「なンだ、空気かこりゃ。空気なンて、どこにでもあるもンでオレが止まるかよ」そんな絶大な魔法をレイドは箸の一振りでいとも容易く両断する。次元斬りーーある種の絶技が無造作に披露され、その余波がスバルとベアトリスへ迫った。
カウントワン
その軌道からとっさにベアトリスを逃し、スバルの体を斜めに縦断する。胸の傷は深いが、ベアトリスが巻き添えにならなくてよかった。そして前を向きレイドの挙動を観察しーー「それでオレに届くかよ」呆れ顔で血を流したスバルを見ている。「ーーあ、ぁ。届くぜ」今でも、ここでもない。場所で。届く。仲間たちを救ってみせる。誰一人欠かすことなく。だから今この瞬間にーー「これが、カウントワンだ」逆襲の為に必要な死を積み重ねて『ナツキ・スバル』を完遂する。最後の最後、そう宣言したスバルへとレイドの青い瞳が鈍く閃いた。
▼1カウント
・レイドと暴食の戦いは止められない。レイドと暴食の合一も阻止は困難
・ユリウスなら、勝機はある
・ーーナツキ・スバルは、勝ち目がない
ーー衝撃が石造りの塔の通路を縦横無尽に飛び跳ねていく。ライ・バテンカイトス。それと戦うのがラムとエミリア。そこにベアトリスがエル・ミーニャを放つ。致命傷を負うはずのライの姿がそこにはなく、混乱の中、最速で状況を把握したのはラムだった。「バルス!!」背後に驚異が現れたと理解する。「さすがに今のを連発されるとしんどいからサ」『跳躍者』なる人物の異能で空間を跳躍することで攻撃から逃れた言わば短距離ワープ。包囲攻撃との相性最悪とその事実を胸に刻みながらーー、「スバーー」思案と行動、■と体の反応は必ずしも一致しない。
ベアトリスを反射的に突き飛ばした直後、鋭い感覚に深々と胸を抉られる。痛い。痛いが、痛いぐらいなら、体の傷なら一瞬だ。一瞬でもないか。でも■が傷つくより、■が死ぬより、ずっといい。「スバルーーっ!!」高い声が塔内に響いて、スバルが床に倒れる。上げかけた絶叫も堪えた。そんなモノでこの場にいる誰かの■を煩わせたりしてはいけない。それを許容することはできない。できないから黙って死ね、ナツキ・スバル。「ーーいいね、お兄さん。そうやってまた、次にいくのかなァ?」手足一本動かせない状況で震える腕に力を込めて、最後2中指を立てた。「死ね、馬鹿」それきり意識が途絶えーー
▼2カウント
・エミリアとラムに協力し、ライ・バテンカイトスとの早期決着狙い、失敗
・ライの『武芸百般』相手では、スバルの援護は役に立てない
・ベアトリスの奇襲は暴食と相性が悪い
メィリィと魔獣の大群
ーー猛然と立ち込める砂煙が視界を覆い尽くさんとしている。揺れる感覚に振り回されながらスバルの正面、メィリィが「頑張ってえ、砂蚯蚓ちゃん!」そう叫んで、押し寄せる魔獣のスタンピードに対抗している。
砂蚯蚓の巨体が倒れ込み、魔獣が吹き飛ばされるが、大群は止まらない。「もお、お兄さんったら人使い荒いだからあ」額の汗を拭い血走った目を瞼の上から撫でる。常に発動している『コル・レオニス』は光の濃淡で味方の状態も簡易的に把握できる。その感覚によればメィリィの消耗は相当なもの。魔獣を操る『魔操の加護』の発動も無制限とは言えない。
一度メィリィの本を読み、半生を体験したスバルにはその代償の重みがわかる。だからこそ伝わってくる。ーーメィリィが本気でスバル達と塔を攻略しようとしてくれてることが。2人は今、砂蚯蚓の巨体の背中にあった。魔獣に乗り、魔獣の群れと戦う。その豪快な戦術には驚いた。「ホント、魔獣ちゃんたちってお兄さんのこと好きよねえ」原理は不明だがわかったこと。監視塔を取り囲んでいた魔獣たちは監視塔を狙っていたのではなく、スバルを狙っていた。それは今の状況からも明らかだ。
「五つの障害の大部分が俺の責任ってのは間違いなさそうだ」魔獣のスタンピード、スバルの記憶を求めてやってきた暴食。変貌して狙うシャウラと監視塔を呑み込む漆黒の影。それら全ての標的がスバルに思えるのは泣けてくる。そんな時、砂蚯蚓の太い胴が丸ごと消し飛ばされた。その衝撃て2人は空へと投げ出された。とっさにメィリィを抱き寄せ回る視界の端にスバルは見る。「ーーシャウラ」スバルたちへ尾を向ける大サソリが、宵闇に紛れて出現しているのが見えた。
そのままスバルたちは砂の上に落ちる。きつく抱いたメィリィは恐らく大丈夫だが、スバルの方は受け身も取れずに膨大な砂に頭を取られた。砕けてはならない骨の継ぎ目が砕ける。何もかもが遠くなる中、鼻だけが生きていた。何故か最後の最後まで匂いを感じる。甘い、匂い。腕の中のさっきまで、そこにあった、匂いーー、
▶︎7カウント
・メィリィと塔の外へ脱出。魔獣を誘き出す効果あり
・魔獣の狙いはスバル。影や大サソリの狙いもおそらく同一
・ーーナツキ・スバル単体では、メィリィを守れない
ライとの相性
ライが凍結した床の上で流血した額を撫でる。まさに満身創痍。ライが追い詰められたのも当然だ。「兄弟に劣らず大した技量だ。だが、多勢に無勢…貴様に勝ち目はない」騎士剣を振るいライと対峙するユリウス。
ユリウスのエミリアへの加勢は初めてではないが、前回の敗北とは違う点がある。エミリアの名前が奪われる前に合流し、2人の綿密な連携が成立。見事にライを追い込んだ。既にライが死亡しても喰われた名前や記憶が戻らないとわかっている。「今ならお前らの権能の秘密の開示と喰ったものの返却で命の保証をしてやるぞ」「へえ?ずいぶんと甘い条件だねえ?確かに悪くない取引だけどさァ」「そんな風に見透かされた言い方されて素直に従う僕たちだと思った?」「ーーっ、待て!」「ばっははーい」ライが跳躍者の異能を使い姿を消す。
「無駄よ。あの手の輩は一度逃げに徹した以上は逃げる。だからこれまで一度も捕まっていないんでしょう」「あともう少しだったのに」ライが完全に塔から離脱したのかは不明だ。獲物に対する執着は人一倍なはず。そうなれば野放しにしておく方が危険ではないか。「ーー状況ってもンは相手のことなンざ考えねえで動きまわるもンだぜ」とっさに全員が振り向いた先にレイドがやってくる。「なんで真っ直ぐここに…」「その目が理由に決まってんだろ」「オメエの目は気持ち悪ぃ。だから削ってやる」その視線に宿ったスバルへの敵意はロイとの融合を果たした直後に見せたものと全く同じで、つまりは暴食の知識に起因する害意だ。
レイドはスバルの元へ
そうして、スバルを守るようにベアトリスが前にでて、「ウル・ミーニャ」通路を紫矢が埋め尽くしレイドの逃げ道をなくす。「ナツキ・スバルの大精霊ベアトリス」「いいぜ、オメエら。『棒振り』レイド・アストレアだ」スバルは自分にできる最善を求め、鞭を握った。何ができるかはわからない。ただその決断と選択の結果からは目を逸らさなかった。
▶︎15カウント
・暴食は目に見えて不利な状況となれば逃走する
・放置したレイドは必ずスバルを殺しにやってくる
・ーーもう二度と自分より先に誰かを死なせない
意識の消失と覚醒は瞬時のこと。ベアトリスがスバルを起こす。意識を切り替え、次の対策を練る。しかし、解決を急ぐあまり、目の前のベアトリスを蔑ろにしてしまった。ベアトリスに落ち着かせてもらい、行動を猛省する。ループ作品でよく起こる個人の精神が周りと乖離していく現象。ただ、ああした作品でそんな精神状態に陥るのは何百回あるいはもっと膨大な試行回数を経た結果なはず。スバルはまだ十五回。たったの十五回でもう人を人と思えぬほどに■が荒んだとでもいうのか。「馬鹿か俺は、いや、馬鹿だ俺は」『ナツキ・スバル』だったらこんな程度で挫けたりなんて、決して。
「ーースバルは元から何でもできるスーパーマンなんかじゃないのよ」「ーーー」不意にベアトリスが言い放つ。「いつだって目の前のことに必死で、みんなのために傷付いて…痛いのを我慢するのだって得意じゃない普通の男の子かしら」「そ、そんなはずはねぇよ。そんなはず。だって、そうじゃなきゃ…」「スバル、ここで大人しくしているのよ。ベティーが代わりに対処するかしら」「な、馬鹿言え!俺は大丈夫だ!確かにちょっとふらついたけど…」彼女を引き止めようと足に力を込め、立ち上がろうとした。だが、自分の震える足を見下ろす。どうやっても姿勢が崩れ立ち上がることができなかった。「当然かしら。スバルはずっと頑張り過ぎてるのよ」「スバルの足りない部分はベティーたちが埋めるかしら。だから何もかも一人でやろうなんて思わなくていいのよ。だって」
小さな反応
「だって、それがナツキ・スバル流かしら」ベアトリスが階段へと向かう。途中書庫を見回っていた襟ドナとメィリィと合流し、てきぱきと指示を出しながら3人の姿が書庫から消える。これで三層に取り残されるのはスバルだけ。スバルの指示抜きにベアトリス達は問題に対処しなくてはならない。そして彼女たちはスバルを思いやり、■優しいことが理由で命を落とす。「俺が、弱いせいで…この程度でへこたれて、どうして」
「何かが、あったはずだ。それがお前を変えたんだろ『ナツキ・スバル』…」どうしようもないナツキ・スバルから脱却する何かがあったから、『ナツキ・スバル』は異世界生活でみんなの信頼を勝ち得たはず。「ナツキ・スバル参上…」ふと口をついたのは、この世界の『ナツキ・スバル』に抱いた不信感の発端。「もし俺の中に本当のお前がいるなら…出てこいよ…!」「今こそ、お前が必要なんじゃないのかよ…なのに、なんで俺なんだ」
「…『コル・レオニス』」弱々しく呟いてスバルは自らの権能を傷つくために発動する。塔内にいる仲間たちの居所をたちどころに伝えてくる。その末に彼女たちが迎える最期も。そしてスバルの知る通りの状況に流れ、この周回も無為に『ーー?』そんな思考にノイズが走り、ゆっくり顔を上げた。背後、無数の死者の書の書架に目を向ける。この書庫でコル・レオニスを発動するのは初めてではない。しかし、おかしな感覚を感じとったのは初めてだった。
それは塔内の仲間たちの存在を確かに感じるのと比べるとはるかに弱々しい感覚だが、間違いなくそこにある感覚だった。震える足を無理に動かし、書架に寄りかかり立ち上がる。そして消えてしまいそうな光に向かって手を伸ばし掴んだ。その一冊の死者の書を引っ張り出し息を呑んだ。「ーー菜月・昴」そこにあるはずのない死者の書があった。「なん、で…」ここにあるはずのない死者の書があるのか。死したものの人生を記録する死者の書のはず。それともたまたま同姓同名の本を見つけてしまったとでもいうのか。「だったらなんで漢字で書いてあるんだよ…」この世界の文字はスバルの知識と異なるもの。だからエミリアたちがこのタイトルを見ても記号にしか見えないだろう。
これが本物だとしたら、いったい菜月・昴の何が記され誰の人生を追体験することになるのか。「記憶をなくした時点で菜月・昴は死んだって判定なのか…まさか死者の書は俺が死んだこれまでの世界のことも観測してる…?」
菜月・昴の死者の書
記憶の回廊は死者の魂から記憶や経験を削ぎ落とし、魂を再利用するとルイが話していた。その削ぎ落とされた記憶が死者の書として出力されるなら、何らかの形でスバルの死を写し取ることも考えられる。だがその場合、死に戻りとはーー、正直に言おう『菜月・昴』の死者の書を読むことで何が起きるのか怯えていた。その道の出来事に怯えて根拠もない仮説を追いかけ、ページをめくるのを先延ばしにしようとしている。「結局、どうしたいんだよ、弱虫野郎」ここまできて、見ないなんて選択肢はありえない。息を強く吐いて、死者の書を開いた。
ーーこれは本気でヤバい。堅い地べたの感触を顔面に味わい、腹部の灼熱の感覚が脳を焼く。全身に力が入らずただ、熱だけが全身を支配していた。吐血しぼんやりとした視界に真っ赤に染まった地面が見えた。ーーああ、これ全部俺の血かよ。熱の原因を求めて手を伸ばし、腹部の裂け目を指先が捉えて納得した。つまるところ、人生の詰みというやつに直面したらしい。眼前、絨毯に黒い靴が踏みつける。誰かがいるのだ。おそらく その誰かが自分を殺したのだろう。なのにその誰かの顔を拝んでやろうとは思わなかった。
願ったのは、ただ彼女が無事でありますようにということだけだった。「ーーバル?」鈴の音のような声が聞こえた気がする。短い悲鳴が上がって、血の絨毯がまた誰かを迎え入れる。力なく落ちたその白い手と、血塗れの自分の手が微かに絡む。「…っていろ」「俺が必ずーー」お前を救ってみせる。次の瞬間にナツキ・スバル『ナツキ・スバル』『菜月・昴』は命を落とした。
ーー繋がりが断ち切られた瞬間、スバルは後頭部に硬い痛みを覚えていた。「こ、こは…」タイゲタの書庫に戻っていた。そして大慌てで自分の腹を触った。「な、い…ない、ない、傷が、ない。腹、斬られて、ない…っ」あまりにも強烈な痛みを熱と錯覚した。そんな感覚があったはずだが。「ーー腹を斬られて、死んだ、記憶」「サテラ…」呟くのは最期、助けることのできなかった少女の名前、偽名だ。そしてそこに至るまでの出会いと別れ、異世界に呼ばれた『ナツキ・スバル』の奮闘を目の当たりにして、スバルは理解する。無駄死にどころか、犬死になんて言葉も犬に申し訳ない最期だったがーー、「ーーこれは、『菜月・昴』の死者の書だ」それだけは絶対に間違えようのない事実だった。どうしようもない、愚かで弱くて、救いようがない『ナツキ・スバル』。
次なる死者の書
馬鹿げた自意識を肥大化させ、重ねた親不孝から目を背け続けた。その挙げ句異世界に召喚されたことを都合よく現実逃避に利用し、後ろ向きな前向きさを発揮することで自分を、周囲を、何もかも騙そうとするペテン師。そんな愚かしさの結果があの盗品蔵の惨劇に繋がったのだ。「メィリィのときより、深く潜ってる…」今回の死者の書はメィリィの経験とは一線を画していた。他ならぬ自分が相手なのだ。自分ではない自分という本来なら発生し得ない状況、それがナツキ・スバルを期せず、自分との戦いへ押しやっている。
問題はこの死者の書の続きだ。「お前もそうなんだろ。『ナツキ・スバル』…」この『ナツキ・スバル』も 死に戻りの力を利用していたはずだ。それも今のスバルよりずっとうまく。あるいは死に戻りなんて限定的な方法ではなく、自在に時を遡っていたかもしれない。その方が説得力がある。出会ってきた大勢の誰かが、その活躍を期待する『ナツキ・スバル』ならば、そのぐらいのことは。
「だとしたら…この先にその答えがあるはずだ」ナツキ・スバルと何も変わらないように見えた『ナツキ・スバル』。だが、その『ナツキ・スバル』が『ナツキ・スバル』になった決定的な切っ掛けがある。それを求めてスバルは今一度、本を手にとった。「ーー二冊目」次なる『菜月・昴』の一冊がコル・レオニスに弱々しく己を主張していた。
ーー『ナツキ・スバル』の歩みは無様で無計画で、救いようがなかった。「てんで、ダメ。見たまま素人で動きは雑。加護もなければ技術もなく、せめて知恵が絞れるかと思えばそれもなし。いったいどうして挑むのかしら」強大な敵に好き放題いたぶられ、攻撃もできずに刻まれ続ける。周囲には血塗れの老人と少女が倒れていて。どちらも救えなかった。「ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、熱が失われて。冷たくなっていって」やがて腹を斬られ、自分の命に制限時間をかけられて、死ぬまでの時間を恐怖と寄り添いながら過ごす。最期の最後まで怖がりながらみっともなくーー、
「おい!刺しちまったのかよ」「仕方ねえだろ!面に逃げられてみろ。面倒なんて話じゃねえ」「やめろ馬鹿!あーこりゃ駄目だ。腹の中身が傷付いてっから死ぬぞ、オイ」背中に突き刺さった痛みを理解しなくてはならない。
『ナツキ・スバル』である鍵
痛みから逃げ出す術、自分を守るための方法の取得はさすがに達者で■底呆れる。まさしく無駄死に、犬死に、救えない。この世界は終わりだ。終わりだから、もう次へいってくれ。でなければ、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛くて辛くてたまらなくても痛いからでも何か次へ持ち込まなくてはーー。
ーー謎が謎を呼び、無理解と理不尽な死を追体験する。次から次へと命を狙われ、奪われ、遂には裏切られる。何故、自分を殺した青髪の少女を救わなくてはならない。何故、彼女を救うために自分は必死になっていて、何故、彼女は挫け、膝を屈した昴の背中をああも強く押したのか。『ナツキ・スバル』が誰かを救えるのだという悲しい勘違いを自分の命を代償に捧げながらこじ開ける。エミリアと出会い、パックと出会い、フェルトと出会い、ロム爺と出会い、ラインハルトと出会い、エルザと出会い、ベアトリスと出会い、ラムと出会い、レムと出会い、ロズワールと出会い、ペトラとアーラム村の人々と出会いーー、どうしてもと押し寄せる濁流に否を突きつける。
「う、ぶ…っ」昴は再び遅いくる死を迎えてタイゲタの書庫に膝をつく。体を支えておけず、前のめりに倒れた。「ーーこれで、八冊」合間の死を飛ばすことなく『ナツキ・スバル』の足跡を追えている。そうして足跡を追いながら思う。『ナツキ・スバル』はなんて愚直で度し難い青二才なのかと。特に最後に一冊、八冊目の死者の書の末路を見ると、そう思わざるを得ない。王戦の開始が宣言されたあと、城でエミリアと仲違いし結局は彼女の■を傷付けるだけ傷付けるだけ傷付けて謝罪も反省もないまま混乱の内で死んだ『ナツキ・スバル』。
「ま、だ…」ーー見つかっていない。決定的な『ナツキ・スバル』にだけ与えられる何かがあるはずなのだ。せめてその鍵が得られるまでこの死者の書を巡る旅は終わらない。一目でこれとわかり、それがあるからできるのだと、そう誰も納得がゆく、万能の鍵がある。だから、それを求めて「ーー九冊目」俺がお前の足跡に、お前の傷に、死に、■が絶え切れなくなる前に。
ーー死が積み重なっていく。終わりを積み重ねていく。苦しむ度、失う度、■のひび割れる音が聞こえる。どうしてなんだと叫び、ここで追われるかと奥歯を噛み、血反吐を吐きながら立ち上がって、前進する。
最高の両親
状況に追い詰められて落命し、それでも閉ざされた混迷を打ち破るために踏みとどまる。それは凄い。尊敬に値する。ーーでも違う。違うのだ。そうではないのだ。『何か』があるはずだ。ないとおかしいのだ、なくては話が成立しない。『何か』があって、無力で救い難いナツキ・スバルは、皆を、誰かを、エミリアたちを助けられる『ナツキ・スバル』に羽化するはずなのだ。だからそれを死に物狂いで血眼になって探している。なのに手掛かり一つ見つかられくてーー、
「う、あああああーーッ!!」床に頭を叩きつける。見ていた間はよかった。しかし戻った瞬間、恥辱に■が掻き乱される。「父さん…お母さん…っ」父と母と二人と言葉を交わし、二人に謝罪する『ナツキ・スバル』がいた。異世界へ飛ばされ、二人に別れを告げる『ナツキ・スバル』がいたのだ。のうのうと両親を悲しませるとわかっていて、自己満足のために愛の言葉を伝えてーー。「う、ぶ、ぇぇぇ」反吐が出る。涙がこぼれた。辛いのは苦しいのは『ナツキ・スバル』の気持ちが痛いぐらいにわかったことと、それを両親が許してくれることを、スバルもわかってしまったこと。親不孝者だと罵ってほしかった。だがそうしてくれなかった。
スバルの父は、スバルの母は、最高の両親だった。そのことが嬉しい自分がいて、『ナツキ・スバル』の判断に賛同する自分がいて、救われる■などないくせに、救われようとする自分がいて、■が醜い。ーーこれは。これが原因なのか。これが理由で『ナツキ・スバル』になれるのか。「違う…違う、違う違う!そうじゃない!こういうことじゃない!」もっと明快でちゃんと効果として成立する特別な鍵をーー力を求めている。そのためだけにナツキ・スバルは死に直しているのだから。
「教えてくれ『ナツキ・スバル』!お前がどうして特別なのか!お前だけがどうして特別でいられるのか!何かがあるんだろ!?何かがお前を変えたはずなんだ!何かがお前をお前じゃない、どうしようもない奴じゃなくしたはずなんだ!弱くて、情けなくて、クソの役に立たない俺を変えてくれ!もう、うんざりなんだよ!みんなが苦しむところを見るのはもう嫌なんだよ!何か…何か!あるんだろう!?何かがないとおかしい…だから、お前は…俺と、違う…でなきゃ」認めるしかなくなってしまう。「お前が俺と同じで、弱くてちっぽけで何の力もない奴だって…」
追いついた証拠
毟るように本を抜き出して、度重なる死に頭を殴られて、そのたびに■を打ち砕かれながら懸命に泥を啜るように命を蝕んで。それでも最後まで可能性は捨てたくなくてーー。掴んだ本を開く。脳みそが掻き回され、■を蹂躙され、魂が陵辱されるのを覚悟で開く。だって、痛みや苦しみよりも最後の希望が断たれる方がずっと辛いから。「わかるだろ、『ナツキ・スバル』…」まるで同意を求めるみたいに、ここにはいない相手へと呼びかける。
その声の調子がひどく覇気を失っていたのは仕方がない。だって意気込むほどの相手じゃない。そこまでの男じゃない。そうあってほしくないと願いながらも、指先はたぐるようにして死者の書を抜き出す。そしてあとはきっと、トドメを求めるような気持ちでーー、
「ーーああ、わかるよ」白い、白い世界だった。気付けばスバルは書庫ではなく、記憶と重なる形のない存在としてでもなく、見知った、ここではない場所へと移っていくて。そこでーー「わかるよ、ナツキ・スバル」「ーーー」「だって、お前は俺なんだから、な」白い世界に立ち尽くす見知った三白眼がナツキ・スバルを待っていた。
「改めて、だ。ーーよう、兄弟」「ーーー」「いや、兄弟だとちょっと語弊があるか。ここは正確に…よう、もう一人の俺」そこにいたのはまぎれもなく、ナツキ・スバルと同じ顔をした「ーー『ナツキ・スバル』」「なんでお前がここに…そもそもここはなんだ?なんで俺はここにいる!?」「ーーそれは、お前が俺に追いついた証拠だよ」「お前が死者の書を読んで、俺に追いついた。お前が知らなかったこと全部、追体験って形で見てきたはずだ。俺の異世界生活をな」
「ふ、ざけるなぁッ!!」「冗談じゃない!嘘をつくな!まだ、一番大事なことが何もわかっちゃいない!」「俺が俺になる理由?」「そうだ!お前がおまえになった切っ掛けがあったはずだ。お前が、お前が…」「ーーそれをお前が見てきたはずだろ?」「そうか、わかったぞ」「お前ルイか?またお前なんだろ!」「姿形を変えられるお前なら、俺をこうやって混乱させるくらいわけないはずだ!」「今度こそ乗っ取るつもりか?そんなに死に戻りがしたいのか!?」「これがそんなに凄い力か!?死んでやり直して…それでも使う俺がクソなら結果だってクソだ!だから…」
すごい奴
「だから誰も救えなかった。みんな死なせる。今も何回繰り返しても誰も救えないみたいに…」この力が素晴らしいだなんて言った魔女がいたが、全く同意できない。それがわからない暴食も強欲の魔女もみんなまとめてクソだ。いったい何度騙され、何度■を挫かれれば学習する。なんで何度も騙され、何度■を挫かれても、立ち上がる。死に戻りは世界の嫌なところばかりを見せつけてくる。それなのにどうしてーー「みんなが、好きなんだよ」
「みんなが好きなんだ。だから、やめられない」スバルの代わりに『スバル』が重ねて告げる。「お前が置かれた立場のしんどさは正直想像するだけで嫌になるよ。何もかもまっさらな初期レベルの状態でステージ6からスタートだ。お前が吐いた泣き言も全部わかる。それは俺も何度も味わった傷だから」それが嘘ではないとわかっているからこそ『スバル』の言葉を受け入れられない。受け入れたくない。
「俺が強かったら、もっと賢かったら、もっと…悔しいよな」「わかったようなことを…!お前に俺の何が」「わかるよ。お前も俺がわかるってことがわかるように」「お前の記憶なんか見るんじゃなかった…」「お前を否定してもっともらしいことを言ってやりたかった」だけど、それができない。「だって、お前も気持ちはわかる。ーーお前は俺なんだから」「ーーお前が諦められないのは、お前がただ、みんなが好きなだけだ!クソ野郎!なんで超人じゃねぇんだよ!!なんで馬鹿なガキのままなんだよ!!」時間をかけて思い知ったのは、それだけ。
「…どうして、消えたんだよ」「…それは俺の凡ミスだ。レイドの攻略法を探るつもりでタイゲタに入った。でレイドの本を見つけた所まではよかったんだが…」「…そのときレイドの本は空っぽで、暴食と鉢合わせた。あとは言わなくてもわかるだろ」「そう自分を卑下するなよ。…って言っても難しいか。お前、俺だもんな」「…『ナツキ・スバル』は弱くて、ちっぽけで、救いようのない大馬鹿だ」「違いねぇ」「でも」「ーーお前はすごい奴だよ『ナツキ・スバル』」ーーそれは二十回以上の死に戻りを見てきた、掛け値なしの本音だった。
「…最も身近な他人、か」「弱くてどうしようもなくて、何もできなくて、それなのに足掻いて、あいつらのことを大好きなお前を、尊敬する。だからーー」「ーー俺がお前の死に戻りを読んだ意味は、そこにあったんだ」
『ナツキ・スバル』
「…いきなり恥ずかしい奴だな、お前」「自分でいうのもなんだけど、俺のこれまでを見返して、よくそんんあこと言えるな。言ってみたら、『菜月・昴のゼロから始める異世界生活』ってヤツだぞ」「ああ、主役の名前がジヌンと同じだと変な気分になるよな」「さっきはああ言ったけど、俺を信用するのか?俺がルイの偽物って可能性が完全んい消えたわけじゃないはずだぞ」「それで元に戻るのって、漫画のコピー能力者のパターンだけだから」
この時点でスバルは『スバル』に対する疑いを手放してしまっていた。仮にルイが他者の人生を余すことなく食い尽くせたとしても、大切な皆を想ったあの顔は、声は、再現できないと思ったのだ。「誰も愛せないあいつには誰かを好きだから死に戻りする気持ちはわからない」「お前、どうしてここにいるんだ?俺を待ってたのか?」
「俺とお前がここで顔を合わせたのは、俺とお前の唯一の接点がここだからだ」「塔内で記憶のある俺と記憶のないお前が交差するのは、俺の記憶が喰われた周回の死、それを観測できる死者の書だけだ。これ以降の死者の書でも、これより前の死者の書でも俺とお前は出会えなかった」言い始めれば、そもそも『菜月・昴』の死の世界の外側から観測して、記録していなければ成立しない事象だ。その観測者の役割をオド・ラグナが果たしていたとでもいうのか。「でも、だったらルイが死に戻りを観測してはしゃいでた理由がわからねえ」「あいつは記憶も回廊に居座っているだけで、あそこの支配者ってわけじゃない。あそこの支配者は…もっと性格の悪い奴だと思う。この状況で最有力なのは…」「「ーー賢者フリューゲル」」二人が口を揃えて言った。
「ーーなぁ、記憶の統合ってどうなると思う?」「うっかり俺とお前がぶつかりあって対消滅とかしたらどうする?」「言うなよ。お前が不安に思うことはだいたい俺も不安に思うんだから」「ああ、そうさ、もしかしたらってことがあるから、いくつか言っておきたいことがあるんだけど」「記憶がなくなったあと、俺がみんなと話たり、みんなのことを知ったりして…お前が知らない『ナツキ・スバルのゼロから始める異世界生活』の話だよ」
「まずはメィリィな。あいつちょっと色々爆弾抱え込んで大変だけど、話せばわかる奴だからちゃんと話してやってくれ。今俺の中でメィリィ先輩が熱い」「ああ、わかった」
統合
「それと塔の中にでかいサソリがうろついてんだけど、それの正体シャウラな。それ、あいつがやりたくてやってるわけじゃないんだあいつも助けてやってくれ」「ああ、わかった」「お、そう言えば言い忘れたけど、ルイと会ったときにレムに背中蹴っ飛ばされたよ。そのとき俺はレムのこと覚えてなかったから、レムがどんな子なのか思い出したのは本を読んだあとだったけど…うん、さすが、俺のレムだった」「いや、俺のレムだから」「いや、俺の」
「ラムが言ってたな。雪解けの季節になったら、見えなくなったものがちゃんと見えて、顔を出すはずだからって…さすがだ」「ユリウスの奴については…まぁ別に言わなくても大丈夫だろ。オレとかお前が何か言わなきゃいけないほど、頼りない奴じゃないんだから」「ああ、同感」「父さんと母さんに謝ってくれてありがとう」「オットーとガーフィールを助けてくれてありがとう」「ペトラもフレデリカも、アーラム村のみんなも」「ベアトリスを連れ出してくれて、あの子と手を繋いでくれて」「エミリアを…」「エミリアを好きになってくれて、ありがとう。俺もあの子が好きだ。大好きだ」「…ああ、わかってる」
「ーーナツキ・スバル。お前はすごい奴だって、俺はちゃんとわかってるから、お前ならきっと大丈夫だから」「ああ。ーー俺たちなら大丈夫だ」「…ああ、でも、うん。これは言わなきゃだ」「ーー俺の夏休み、終わっちゃった、な」ーー手と手を合わせるベタなやり取りが最後だった。「ーーー」息を吸い、吐く。おそらくはイレギュラーな形で統合は行われた。スバルの存在自体、起きた出来事自体、全てがイレギュラーだった。だからーー、立ち尽くす自分の頬を涙が伝うのを、スバルは顎からしたった雫でようやく気付く。スバルの中で今、ゆっくりとスバルと溶け合う誰かが流した涙。
「ーーっ」不意に、ナツキ・スバルの無自覚な二十二回の死がフラッシュバックした。引き継がれるかどうか、不安視されていた部分は繋がった。繋がりはしたがーー、「お前も、十分やべぇ橋渡ってるじゃねぇか…!」それからスバルは顔を上げ、前を見つめた。それは変わらぬ白い空間。イレギュラーな事態が作り出した記憶の回廊に生じた空白地帯。少し前まで、もう一人のスバルがいた場所。そこでへたり込む小柄な人影を見下ろし、スバルは黒瞳を細めた。「どうだ。お前が見たがってたものは見れたかよーールイ・アルネブ」
ルイ・アルネブ
ーー幸せになりたい。人生の良し悪しとは、生まれと環境が決める大博打。それがルイが無数の人生を食い漁った果てに得た哲学だった。行きがかり上、この空間からは出られず、誰とも会うことはできない。不幸中の幸いは兄のおこぼれで食事には困らなかったこと。多くの人生を咀嚼し、味を比べ合い、わかったこと。それは幸福の絶対量の差だ。他人の人生に点数を付け、格付けを行っていった。それらを見回してつくづく思う。ーーなんてみんな生きるのが下手くそなのかと。
ルイは怒りと悔しさのあまり、吐きそうになった。「あァ、美味しそうに食べるなァ、お兄ちゃん」「あァ、楽しそうに食べるなァ、兄様」「ーーあァ、あたしたちは、私たちは今にも今にも吐きそうサ」それが、ルイ・アルネブは飽食を名乗る理由。食べても食べても満たされない飢餓。彼女が飢えているのは体ではなく■の方であるのだから。
「あァ、幸せになりたい」そのための方法は、あった。暴食の権能が、『蝕』がそれを可能とする。他者の記憶と名前を奪い取り、咀嚼する暴食の権能。『蝕』はその奪ったものを応用し、他者を再現する力ーーそれでルイの人生を始める。ルイは選別する権利を手に入れた。他者の既往を奪い、それを『蝕』によって再現し、自らのモノとしてしまえばいい。人生は選べる。ーー全て選び直せばいい。
幸せな家庭、優しい父母、豊かな生活に恵まれた環境、素晴らしい友人や運命的な伴侶など、どれもこれもどこかで見たような幸せでしかない。そうではない最高の人生を探していた。ーーだから、ナツキ・スバルを知った時ルイの胸は高鳴った。『ーー、お前、今、俺に何をしたんだ。ルイ・アルネブ』「え…?」聞こえるはずのない声がして、初めてルイはナツキ・スバルと向かい合った。記憶の回廊、ルイ・アルネブの縄張りに現れたスバル、それ自体も驚くべきことだったが、ルイの胸を焼いたのは喰らった記憶の疼きだ。
兄が喰らった記憶の中に彼に対して強い想いを抱いたモノがあった。だから甘やかに記憶の通りに呼びかけ、激昂する彼をねじ伏せた。そしてその名前と記憶をいただこうとねぶった。事実、食事はうまくいった。確かに彼の記憶は咀嚼したのにーー、「お兄さん、あたしたちのこと、覚えてるの?」何故記憶を喰らったにもかかわらず平然としていられるのか。何故ルイは面食らいながら胸を高鳴らせているのか。それはーー、「どうして、死んだ時の記憶があるの?」
最高の人生
「ううん、それだけじゃない。だって、私たちにはお兄さんを殺した記憶なんてないのに、食べた記憶の中にはあたしたにお兄さんが殺された記憶がある!」それは異常な発生し得ないパラドックスが発生している。ああ、ナツキ・スバルの記憶の影響か。本来なら知らなかったはずの言葉のレパートリーが増える。パラドックスによるエマージェンシーでシュレディンガーのマクスウェルのアインシュタインがニコラ・テスラーー、「何なのこれは!?記憶は妄想とは違うの!魂に付着した澱は自分の好き勝手には捻じ曲げられない!だからこれはお兄さんが見た世界だッ!これはお兄さんの歴史…お兄さんだけの、物語だッ!」
「お兄さん、もしかして私たちと同じ大罪司教なんじゃないの?」「ほら!記憶の中でペテルギウスも言ってる!因子は届いてる!大罪の座は埋まってるから傲慢はお兄さんで…俺の席なんじゃねぇのか!?」「うわあ、すごい!本当に死んでる!何度も何度も!ズルい…ううん、素敵だわ!これが…これが死!」「ーー死に戻り」自分の中に芽生えた記憶を、その最大の目玉をそう呼んだ。「ーー欲しい」それが手に入れば、嫌なことを、失敗を、取り返すことができる。未来に何が起きるのかわかっていれば対処できる。「私たちは、最高の人生を生きられるーーッ!」
「どうすれば奪える!?お兄さんの死に戻りが権能なら、ただ食べるだけじゃ奪えない。記憶と名前にくっついてるモノとは違う。魔女因子はオド・ラグナの対だもん!簡単には引き剥がせない!だから…」「待って!お兄さんは殺したペテルギウスの権能を使えてる…?」記憶の中の見えざる手は本来のそれよりも大きく弱体化しているが、紛れもなくペテルギウスが用いていた力。つまりナツキ・スバルが複数の権能をストックしている証拠に他ならない。
魔女因子のストック、その力ごとナツキ・スバルを奪えればーー、「あたしたちは自分の人生を生きられるんだッ!」簡単なことだった。奪うのではなく、手に入れるのならば。「あたしたちがお兄さんになって暴食の権能に喰らわせれば…魔女因子をお兄さんごと統合できる」「三大魔獣ってね、私たちのずっと前の魔女因子の持ち主が作った怪物なんだって。あたしたちも似たようなことができるの。別に意味がないからやらなかったけど…」「ーー私たちはやろうと思えば何でもできる」「それがあたしたちって存在」「お兄さんの記憶でびっくりしたんだけど、アルネブって星座のうさぎ座なんだってね?大兎を滅ぼしたのもお兄さんたちなんて驚いちゃった」
魔女因子の分割
「でも、だったらあんまりサプライズにならない?可愛いルイちゃんが増えて嬉しい?ないか、ないね。お兄さん、小さい子に欲情しないタイプなんだ、ふーん、そう?」驚きに目を見開く相手を見て、ルイは同じ顔の存在ーー『ルイ』と肩を組む。ここが記憶の回廊という現実と隔絶された場所でルイが肉体を持たないまま魔女因子と魂で結びついただけの存在であったことが功を奏した。自分という存在の魂、その一部を剥離させ、二つに割り、存在を分化する。たぶん日食を用いて自我を失うことを恐れるライとロイにはできない芸当だ。自分が増えるなんて自我の気迫なルイにしかできない荒業だ。そしてそれが可能なルイだけが死に戻りの獲得へと手を伸ばせる。
「ーーー」何事か、魔女因子の入れ物である少年が言い放つ。その少年を見ていると死に戻りという魅力とは別にただただ愛おしさが込み上げてくる。それが忌々しくて、ルイはその感情の起因たる記憶を放棄。自分の魂から剥ぎ取り、もはや洋梨とばかりに放り捨てた。「「ーーあたしたちは、やろうと思えば何でもできる」」そのために内側からナツキ・スバルを蝕んで、蝕まれたナツキ・スバルを外側から余さずしゃぶり尽くしてルイ・アルネブがナツキ・スバルを手に入れる。『ーー■■、■■する』最後の最後まで、容れ物は往生際悪く何かを言っていた。
それを無視して魂にこびりついた澱を舐め取り完全にその記憶を継承する。何もかもを忘れ、空っぽになった器と同調し、一度は喰らった相手から再び記憶を奪うための下拵えを開始する。ーー極上の至高の体験を求めて。「ーーどうだ。お前が見たがってたものは見られたかよ。ルイ・アルネブ」「ぇ?」唐突な呼びかけに意識の覚醒を得たルイは目を丸くした。何度か瞬きをして、自分の居場所を確かめる。真っ白な空間に棒立ちになって、ルイは自分の顔に手で触れた。これは自分の体だ。「お前の見たがってものは見られたか?」再度問いかけられ、正面の少年を見た。
名前はナツキ・スバル。ついさっきまで、ルイが同一化していた存在でありーー、「ーーぁ」そして、死に戻りする権能を持った、想像を絶する悪夢の存在だ。「い、やああああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああああーーーッ!!」声の限り、全身全霊を尽くして叫んだ。そうでもしなければ、押し潰されてしまう。恐怖に、驚異に、絶望に。何度も何度も死を繰り返して進み続ける凶気に囚われる。「死にたくない!あたしたちは死にたくない!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!嫌だァッ!!」頭を抱えて倒れ込みながら必死に訴えた。
死の体験
その存在と同化して、ルイは死を体感した。味わった。死に戻りする「魂に自ら取り込まれることで、時さえ遡る死に戻りを実体験した。渇望した新鮮な衝撃を。死がどんな味わいなのか、それを確かめたかった。たとえ死がルイが期待したほどのモノでなかったとしても死に戻りの権能を使い、やり直し可能な人生が歩める権利で十分にお釣りが出る。そう思っていた。ーー実際に自分で死を味わうまでは。
「あんなの…あんなの、耐えれるわけない!あんな苦しみ!喪失感!耐えれるはずがない!無理!無理無理!絶対に無理!嫌だぁ!」一度として楽な死に方がなかった。一度として死を甘美に感じることがなかった。一度として自ら死にたいなどと思えたことがなかった。それをナツキ・スバルは二十回以上も味わい、それを再演した。「あんなこと耐えられるのは人間sじゃない!化け物!化け物よぉッ!」ルイは多くの人間の人生を貪り、あらゆる魂を陵辱し自らの人生を探した。そうする権利が自分にあるのだと信じてきた。
だからナツキ・スバルの魂にも手を伸ばしてーー結果、甘い■を砕かれる。何故ならーー、「人間の心は、自分が死ぬことになんか耐えられないのぉッ!!」幸せになりたかった。だが今の願いは違う。「死にたくない」死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないーー、
「だから、俺はお前が俺を喰おうとした時、言ったんだよ」「ーー絶対、後悔するってな」死に戻りを体感し、頭を抱えて泣きじゃくる少女を前にしながら、ナツキ・スバルは自分の掌をじっと見つめる。化け物とそう呼ばれ罵られたことに傷付いているわけではない。スバル自身これだけの死の経験が並大抵のモノではないと自覚している。ただ、奥歯を噛み大切な誰かのことを思い、耐え抜いてきただけ。「ーーああ、俺はすげぇよな、ナツキ・スバル」見つめていた掌を握りしめ、心から自画自賛する。「なんだ、案外大したもんじゃねぇか、俺」それは、記憶をなくして異世界召喚された当初へ立ち返り、死者の書を読み解くことでここまで辿り着いてくれた『ナツキ・スバル』にも言えることだ。異世界について無知な状態から始め、スバルの一年間に匹敵するほどの死の体験を積み重ねて、ついにはここでスバル同士の統合を果たしーー「メィリィのことも、シャウラのことも、任せて、任された」「ラムもユリウスも無理してやがる。あの二人がそれなんて、よっぽどじゃねえか」
自分という名の地獄
「ベアトリスとエキドナにも、まさかの迷惑かけ通しか。ったく、俺って奴は…」そして、たとえ記憶をなくそうと何度繰り返してもやっぱり君に引き寄せられてしまう。それぐらい君のことが「ーーE・M・T」愛おしさと安らぎを唇に乗せ、スバルは顔を上げた。そしていまだに顔を覆い振るえているルイに「おい」と声をかける。「ひぃっ!」「…ビビりすぎだろ」
「ーールイ・アルネブ、お前の負けだ」「お前も俺の一部だったんなら知ってるかもしれないけどさ、大罪司教の名乗ってる冠は、七つの大罪ってやつと共通してる。だが、それに近いもんに『七元徳』ってのがあるんだよ」七元徳が、思慮、勇気、正義、希望、節約、信仰、愛。七つの大罪が人が生きていく上で切り離せない宿業だとしたら、その詰みを抱えた人間が誰かと生きていくために忘れてはならない七つの約束。それを尊重し合うから人は人と共に生きられる。「だけど、お前らはそれを侵した」だから大罪司教は、ルイ・アルネブは許されない大悪となったのだ。
「ルイ・アルネブ、お前の負けだ。だからそれを認めて何もかも解放しろ」「私たちはやろうと思えば何でもできるって言ってたな。だったら…」自分の権能の効果を解消することだって不可能ではあるまい。それが叶うなら、記憶と名前を奪われた人達を、レムを取り戻せる。「お前が喰った大勢を解放しろ。名前が戻ればもう死んじまった人たちの名誉だって回復できる。生きてる人達なら家族と再会だってできるんだ。
お前がそれをしてくれれば、俺はお前を…」「ーー見逃すって?そんなことないね!あるわけない!」「な…」「お兄さんは自分の敵を撃滅す!それができる!だったらやらないわけない!」「食べたものを返せ?絶対に嫌!だってこれがあたしたちの生命線じゃん!これがなくなったらお兄さんは私たちを殺せる!逆だよ!私たちは殺されないためにお兄さんにこれを返しちゃダメなんだよ!」
スバルがどうしようもない地獄から抜け出せたのは、きっと手を握ってくれる誰かがいて、その温もりがスバルを逃さないでくれたからだ。銀髪の少女、ドレス姿の少女、青い髪の少女。それがナツキ・スバルが地獄に囚われずにいられた理由。その心の拠り所がルイ・アルネブにはない。だから恐怖の囚われた彼女が救われるには誰かが手を差し伸べることが必要なのだ。かつてスバルがそうしてもらえたように、誰かが手を差し伸べることが。しかしーー
救わない
「俺は、お前を救わない」大罪司教は許し難い罪を犯した。それがナツキ・スバルの結論だ。「俺はお前を救わない。可哀想とも思わない」ルイの瞳には恐怖心しかない。その怯えが頂点に達した時ルイの拒絶がスバルへと炸裂する「もう、もう…もう、無理ぃッ!!」「ーーっ、これは」スバルの視界が歪み、記憶の回廊に変化が生じた。それは異物の存在を検知し、排除するべく世界を絞り出す。その結果、スバルの存在が揺らぎ始めーー
「もう一秒だってお兄さんと同じところにいたくない!だからサ、消えてよ!お兄さんを食べるのはお兄ちゃんと兄様とどっちでどっちでも好きな方がすればいい!」「俺が気に入らないな…お前自身で決着をつけたら…」「その手には乗らないッ!私たちに殺させようとしても無駄だよ!死に戻りであたしたちをとっちめる気なんだ!そうはさせない!お兄ちゃんと兄様がお兄さんを喰らい尽くす!それが私たちの勝利条件だッ!!」
「お前の兄弟がお前の最後の頼みの綱なら、わかった。その綱をぶった切って、俺はお前に償わせる。覚えておけ、ルイ・アルネブ」「嫌なことも辛いことも、お前自身で抱えろ。記憶から逃げるな」そして視界が白み、記憶の回廊はほどけていってーー
恐るべき存在が姿を消した記憶の回廊で、ルイは自分の生を確かめた。「なん、で…」普通でいられるのかそれがわからない。死に戻りを体感する前と後では、ナツキ・スバルに対する認識がまるで違う。理解できない。そもそもなぜ異世界召喚とやらが行われる前の記憶が奪えなかったのか。暴食の権能は本来、対象の記憶を生まれた瞬間まで喰らい尽くせるはずだ。それなのにアレからは、この一年強の記憶しか奪えなかった。まるでオド・ラグナがそれ以前の記憶を忌み嫌っているか、あるいはーー、「ねえねえ、なんか話が違ってない?」不意に独りで取り残されたはずの記憶の回廊に声が響いた。
そこにいたのはーー「あたしたち…」「そうだよ、貧乏くじひいちゃったからサ。ここで待ちぼうけしてた方のあたしたちだよ。ちゃんとお兄さんって最高の人生のプレイ環境は整えられた?」そう言ったのは、瓜二つの存在『ルイ』だった。本来一つであるはずの魂を魔女因子ごと二つに割り、同一人物でありながら分かたれた存在、正しい意味でのもう一人の自分。その、もう一人の自分は、あの体験を共有していない。だからあけすけに嗤える『ルイ』の姿が、ルイには妙に遠く思えた。
話が違う
「ねえねえちゃんと目的は果たせたんでしょ?こっちは失敗しちゃったけどサ、あたしたちは役目を果たせたはずじゃない。綺麗に入り込んでたもんね。お兄さんったら、ちっとも気付いていなかったよ」「ねえねえ、どうしたのサ、あたしたち!もっと色々話してよ!聞かせてよ!見たんでしょ?聞いたんでしょ?味わったんでしょ!?ーーナツキ・スバルの権能をサ!」「ーーアレの名前を言うなァ!!」そっと『ルイ』が手を伸ばした。その腕が自分の肩に触れようとした瞬間、激昂とともに半身の腕を振り払っていた。
「…は?」意味がわからず『ルイ』に困惑が生まれる。「いや!触らないで!こないで!」恐怖した。自分と同じ顔で同じ経験を詰んできた『ルイ』を。自分の魂を分かったはずの存在。それは今やルイにとっては他人だった。他人は何をするかわからない。ルイを守ってはくれない。死にたくないルイを殺しかねない存在だった。
「は?何それ?」「話が違うッ!どうしたの私たち!?何なのその反応!」「作戦はうまくいってたんじゃないの?空っぽになったお兄さんの中に潜り込んで、悪さを働く計画だったでしょ?上出来だったよ!お兄さん怯えてたもん!自分と『ナツキ・スバル』は最も身近な他人だって思い込んでたよ!」
自己を『ナツキ・スバル』と別個としてスバルを喰らい、権能を我が物とする。「それがうまくいかなくても、何度でも、何十回でも、何百回でも!死に戻りの権能を奪い取るまでチャレンジする約束だったじゃない!ちょっと失敗したくらいで何サ!何回でもやり直させたらいい!お互いに役割を交換して、何度も何度もチャレンジしようよ!失敗は取り返せるんだから!」魔女因子として同化するのと、記憶の回廊で待機する側と役割を交換して何回でも飽きずに安全な権能の強奪まで遂行するつもりだった。
それなのにーー「あたしたちを拒むなんてどうしたのサ!」「いやああああぁぁぁぁーーッ!!」「う、ぁ!」ぐいっと髪を掴んだ腕に力が込められ、ルイは痛みと恐怖に悲鳴を上げ、そして目の前の『ルイ』を突き飛ばす。互いに信じられない目で見つめ沈黙する。「まさか…権能を独り占めするつもりなの?」「死に戻りの権能が手に入ったから、さっさとお兄さんを消して自分たちだけでそれを楽しむつもりなの?ーー私たちも、差し置いて」「ち、違うッ!」
つまり、23巻でスバルの意識が飛んでいる間にメィリィの首を締めたり、壁中に『ナツキ・スバル参上』と刻んだのは、魔女因子としてスバルの中に入り込んだルイでした。恐らくそのせいで地下の扉も4つ目まで開きました。記憶をなくす前に行った時は3つまででした。
意味のない争い
これを独り占めしたいなど欠片も思わない。こんなモノ、捨てられるなら捨て去りたい。しかしできない。何故ならこれは他でもない『ルイ・アルネブ』の記憶だからだ。自分の記憶は消せない。奪えない。出し入れできない。「冗談じゃない!そんなこと許されるもんか…!」幸せになりたかった。幸福な自分だけの人生を手に入れたかった。
しかし、思わぬで手に入れてしまった自分だけの人生は、ルイの■をーー『心』を粉々に押し潰して取り返しがつかないぐらいに傷付けた。それを心の傷と摩耗に怯えるルイを『ルイ』は理解できない。「あたしたちが幸せになる方法をお前なんかに独占させて貯まるか!」「違う!そんなんじゃない!そんなんじゃないよぉ!」「死にたくない死にたくないいぃぃ!」「見え見えの嘘をつくな!死にたくない?なんで?どうして?いらないなら私たちに寄越せ!なんて薄汚い独占欲…あたしたちだなんて思えない!」
『ルイ』の口から同一の存在であることを否定される。その途端、ルイは自分の中で何かが渇いてひび割れ、砕け散る音を聞いた気がした。それがいったい自分の中にあった何が砕けた音なのか、わからなかった。わからなかったけれどーー「ナツキ・スバルは私たちのモノだ。この泥棒猫」アレがなんなのか全く知らないくせに上から目線でモノを言われる。アレを本当に理解しているのは自分だけなのに勝手なことを。
「ナツキ・スバルを知ってるのはあたしたちだけだ。この馬鹿女」アレが恐ろしい。おぞましい。憎らしい。だからーー、「あたしたちにも味わわせろーーッ!!」飛びかかってくる『ルイ』がルイをルイたらしめる記憶を奪いにくる。これを引き渡すことは、ルイ・アルネブの死を意味する。アレが見た世界を意味する。「あ、あああああーーッ!!」
叫ぶ、叫んで、叫んで、叫んだ。叫び続けて、叫びちらしながら、叫び声を上げ続けながらーー、「死にたくない」ひどく壮絶で、無意味な争いが記憶の回廊で始まる。誰も見ていない。関心もない争いが。始まって、終わる。ーー勝者のいない争いが。
反撃の狼煙
「ーーアイスブランドアーツ!!」氷で作られた氷剣で逃げ場を封じながら致命的な一撃を叩き込もうとする。しかし、「はっははァ!やるぅ!けそ、まだまだ当たんないってばァ!」地面を這うように回避する敵。睨みつけてくるのはライ・バテンカイトスと名乗った暴食の大罪司教。大罪司教の名を聞くと、胸の内でもやもやとしたものが膨れ上がる。それはプリステラで多数の大罪司教と激突して大変なことがあったからだ。
「ーーアイシクルライン」無数の氷杭が空中に生まれ、放たれる。しかしライは猛撃を凌ぎきり「悪いねお姉さん、それって見飽きた…とは言わないけど、見たことあるんだよ」「百回やれば勝てるって思ってる?千回やっても届かないよ?」「なら一万回やるだけだわ!みんなのところには行かせないから!」勢いで言った言葉だが、その通りのことをすればいい。他の皆ができない事を自分がやったらいい。だからそれをやろうと踏み出そうとしたところへーー「ライ・バテンカイトス!!」背後から声が響いて、思わず足が止まった。
黒髮の少年。「あ…」とっさにいけないと考えた。それは駆け付けてくれた少年を前に溢れてきた感情が原因。ただ、言わなくてはと慌てて唇を動かし「危ないから待って!私のことわからないかもしれないけど、あっちが敵!ここは私に任せて!私のことわからないかもしれないけど!」「ーー大丈夫だよ、エミリアたん」少年が名前を呼んだ。ただ、それだけで胸の内から出さないようにしていた不安や悲しい思いが弾け飛んだ。
だってーー、「俺の名前はナツキ・スバル。エミリアたんの、一の騎士!」今、こんなにもエミリアの胸は熱く、熱く、鼓動を打ったのだから。そこに油断しすぎだとライが飛びかかるもエミリアが氷のブーツで補強された後ろ回し蹴りで顔面を強打する。さらに無数の氷杭を叩き込む。そうするとエミリアがスバルに飛びついてくる。「ちゃんと、一緒になれたの?」「記憶がないときのスバルもスバルだったから。だから、スバルが全部思い出してくれても、あの短い一生懸命だったスバルは…」「ーーああ、うん。大丈夫だよ」「俺の中にもエミリアたんの中にも『俺』がいたことは確かに残ってる、だから本当に大丈夫だよ、エミリアたん」「だから、こっから先はパーフェクトナツキ・スバルにご期待ください。怒涛の展開に溜まってたフラストレーションを起爆剤に輝く未来へレッツ&ゴーだぜ!」「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」
合流
五つの障害の中でもいくつかの条件の変化があった。時間切れを象徴するような全てを呑み込む影。あれは以前聖域でも怒った嫉妬の魔女の災厄の再現だ。あれが起こったのは墓所の中でエキドナに死に戻りを打ち明けたのが原因だった。この塔で起きることも同じ条件なら、死に戻りが外部へ漏れた場合。つまり、死に戻りを知るルイがスバルの内にいたことが原因のはずだ。そのルイがスバルの内側から排除された今、あの影が塔を呑み込むかどうかは五分五分といったところか。故にそれを当てにして、自体を楽観視する余裕はないがーー
「エミリアたん!俺に考えがある!」「ーー!わかったわ!じゃあ、それをしましょう!」「まだ何も言ってないけど!?」「いいの!スバルの考えなら、一生懸命考えてくれたあとに出てきたものだもの!私が今から色んなことを考えて答えを出すより、ずっと信じられるから!」「ーーああ、クソ!嬉しいこと言ってくれちゃって!」そしてまずは念の為にライにもう一発打ち込む話をすると、既にそこからはいなくなっていた。
まずは皆と合流するということでコル・レオニスを発動させ、ベアトリスの回収から行うことに。無意識にコル・レオニスと名付けた権能。スバルナビゲーション。スバナビと称して仲間の位置の把握に活用しているが、この力の本領はそれに留まらない気がする。ラテン語で『獅子の心臓』を意味するコル・レオニス。それは本来しし座の一等星であるレグルスを示している。そしてレグルスもまた、ラテン語で別の意味を持つ言葉だ。その意味するところはーー。「ーースバル!」そうエミリアが呼ぶとそこにはベアトリスがおり、「す、スバルと誰だかわからん娘がきたのよ!?」と言う。スバルはそのままベアトリスを抱き上げ、可愛いと褒める。
そして全部思い出したことを伝える。さらに視線を横に向けるとラムが立っていた。「あー、姉様?」「ずいぶんと雪解けの早いこと。所詮バルスらしい空騒ぎといったところね」「…まぁ、実質一日ぐらいのことだもんな」そこへパトラッシュが尾撃を食らわせ、ベアトリスごと吹っ飛ばされる。「パトラッシュちゃんも、スバルが戻ってくれてすごーく喜んでるみたい」「ホント、お前にゃ助けられるぜ。愛してる」「ーーー」「…いつもみたいにぶっ飛ばさないの?」軽い愛の告白をするとパトラッシュのお叱りを受けるのだが、今回のスバルにはそれがなかった。「冗談か本気かくらい、この地竜にもわかるってことかしら」そしてそのパトラッシュの背中にはレムが乗せられている。
角四つ
そして聞きたい話があると、ラムの視線がエミリアへ向いた。「あ、私?」「はい!私はエミリア、ただのエミリアよ。色々言いたいことはあるけど、ベアトリスもラムともおんなじ方向を見てる家族だから!」「それだけわかってくれたら今の私は大丈夫。スバルが覚えててくれてるってわかってから、なんだかすごーく調子がいいの」
「エミリア、と言ったわね。不思議なことにあなたを見ているとラムの頭の片隅がやめにむず痒く感じるの…レムのときも同じことがあったわ」「あなたのことが頭から消えて、その穴を埋めるのが大変ってことでしょうね。レム以外にラムにそんな相手がいるなんて考えにくいけれど」しかし、「あなたを見ていて感じるこの疼きがラムとあなたの関係の答えだわ。だから、安心なさい。ーーラムはやられっ放しは嫌いなのよ」「それが私もおんなじよ。絶対やり返すんだから」「あの最悪の三兄妹が始めやがった大食い祭りを俺たちの絆でメタメタにしてやるぜ」「ええ!」「当然なのよ」「ハッ!」三者三様の返事でスバルはその全てに深々と頷いた。「バラバラだけど、帰ってきた我が実家感がある!」
そしてスバルはロズワール邸に持ち込んで一大ムーブメントを引き起こしたオセロに例え、今の状況は角四つとられているほどの状況だと説明する。「そんなに角もらったら、れんてこ舞いになった私でも勝てちゃうかも…!」「てんてこ舞いってきょうび聞かねぇな…」「ーー!スバル、今のもう一回言って」「あとでね。あとで」お約束のツッコミに食いつくエミリアが残念がる。
ベア子の采配で魔獣のスタンピードにはメィリィが対処し、緑部屋のレムを回収。しかし道中でライに遭遇しエミリアの名前が奪われた。そしてユリウスが二層で暴食を乗っ取ったレイドと戦っている最中だと説明。そしてそれはユリウスに任せ、他の三つに全力投球すると話す。その指示にラムはバルスの作戦を頼りにするしかないなんて焼きが回ったと言う。それに対しエミリアがラムはスバルのことを凄く頼りにしてるって意味だと解釈すると「…エミリア、あとでラムから話があるから」とエミリアは嬉そうに「はーい」と応える。たぶんエミリアは自分に敬語を使わないラムが新鮮で嬉しいのだろう。主従関係が失われた今、ラムのエミリアへの態度は友人か、手のかかる妹のそれだ。
小さな王
「まず、ライの相手だが…ラム、お前に任せたい」「ーー、当然ね。レムの仇だもの、ギタギタにしてやるわ」「待って!ライってさっきの子でしょ?ラム一人じゃ危ないわ。だってラムは…」「ツノナシにはツノナシの戦い方がある。ラムも無策で挑みはしないわ」「どうやって?」「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応するわ」「無策の奴の発言!ってだけじゃなく、ちゃんと考えがあるんだ」スバルも無策で送り出すような真似はしない。
そして「ーーコル・レオニス」ラテン語で獅子の心臓を意味する言葉。そしてレグルスとはラテン語でーー「小さな王って意味なんだ」瞬間、強欲の魔女因子由来の権能に新たな力が覚醒する。それは温かに脈打つ鼓動の中から、すぐ傍らにあるラムの存在を選択。それから、彼女の淡く熱く光り輝く瞬きに、そっと意識を伸ばした。ありえないはずの力を用いて、スバルはラムの戦いのサポートを誓う。そして直後に変化は訪れて。
「ーーバルス」「権能…馬鹿げた力だわ」呆れたようなラムの呟き。ツノナシのラムは常に肉体の負荷に蝕まれている。圧倒的な戦闘センスも短時間しか使えない制限つき。その制限を取り払えば、ラムが塔内でもとびきり頼れる味方なのは間違いない。それを条件付きで取り除く方法が権能の次なるステージ。「ーー皆の想いを背負って立つ。それが王様だからな」二つの力を併せ持ったコル・レオニス。それが今、スバルの体に圧倒的な倦怠感と心身の疲弊をもたらしている。これは本来ラムが常日頃、自らの肉体で味わい続けている負荷だ。
ナツキ・スバルのコル・レオニスは、群れの王として仲間の負担を引き受ける。それが新たに覚醒した力であり、仲間を支える覚悟だった。正直頭は痛い。体の奥が軋み、流れる血の一滴が猛毒のようだ。ラムの生きる世界は想像を絶する。だが。これをすることが未来を形作る礎になるのならーー「血を吐きながら、準備OKだ」「馬鹿ね…ただバルスが苦しんでいるだけなら、ラムは気にもとめないのだけど」「けど、俺と姉様の共同作業だ。そう考えると一秒でも早く終わらせたくなるだろ?」「そうね。虫唾が走るわ」「虫唾は言い過ぎだろ…」そして権能の説明を受け、ラムは「ーーバルス。ラムは手を抜かないわよ」「それでいい、手なんか抜いてくれるなよ。お前が本気でやってるかどうかが、俺が自分の苦しみの度合いで測れるんだ。なんて拷問だよ!」「バルス、せいぜい気を付けなさい。死んだらレムと会えなくなるわよ」そうしてラムは走り去っていく。
運命様、上等
半人半馬。その表現も適切ではないおぞましき外見の魔獣ーー餓馬王の胴体に白光が突き刺さり、巨体が内から膨れ上がる。それを成し遂げたシャウラの殺戮は止まらない。戦闘を繰り広げる舞台は塔の四層にあるバルコニー。高さは数百メートルの位置にあるが、魔獣の中には羽を生やしたものやか壁を易々と登りつめるものも少なくない。そうした魔獣を次々と撃破しもはや血の海と化していた。
しかし、そんなシャウラの奮闘も長くはない。「ーーシャウラ!」「ぐ、うううううッ!」高い声がシャウラを呼ぶがそれに応えない。苦しげに飛んでくる魔獣を薙ぎ払う。「誰かが、誰かがルールを破った…ッス…」眼球が分裂し、呻きながらそうこぼす。「マズイな。彼女は限界だ、メィリィ!君の方は…」「見ての通り飛んでくる子達の相手で精一杯よお!これで裸のお姉さんまで戦えなくなったら、絶対の絶対、手が足りなくなるからあ!」「だろうね
これはかなり厳しいな」シャウラとメィリィの苦闘を見ながら、襟ドナが険しい顔をする。
シャウラを襲っている変調は恐らく彼女の根底に根付いた何かが原因だ。それは決して覆せない、。ある種の枷として存在する。襟ドナも人工精霊として似たような境遇にあるからわかる。それは意思の力ではどうにもならない。「ーーでりゃああああ!!」突如バルコニーへ飛び出してきたスバルは見知った光景と現状の違いに驚く。
「ーーシャウラ!」「お師様…?」「お師様、あーしに…あーしに命じてくださいッス…!」「誰かがルールに違反したんス。このままだと、あーし…お師様を…!そうなる前に、でなきゃ、お師様を、お師様を…っ」「何度も言ってるが、俺にはお前にお師様呼ばわりされる心当たりがねぇよ」「ーーっ」一瞬、そう応じたスバルにシャウラの複眼が絶望に深まる。「だから、俺がお前のお師様かどうか、それを認める認めないの話は後回しだ」「え…」
「俺はお前に死ねなんて言ってやらない。俺は、お前を泣いたかまになんかさせてやらない、俺はお前の四百年をここで終わらせてなんてやらない」時間をかけて一度はなくした記憶をかき集めてきたからスバルにはわかる。この世界の奴らは気が長すぎる。四百年も一途に誰かを待ち続けるんじゃない、首根っこを掴んででも会いたい誰かを引きずり出すべきだ。「俺がそれをしてやる!誰かの言いなりになんてなるかよ!運命様、上等だ!」拳を振り上げて強く断言する。それを見てシャウラが絶句した。
配置完了
「お師様…愛してるッス」今シャウラの内側にあったのはたぶん、四百年待ち焦がれた相手への抑えきれない愛の情動だけだった。そしてシャウラの変貌が本格的に始まる。そして完成する大サソリが甲高い鳴き声を発し、執着した少年へ尾針が白く瞬き、「ーーええええいっ!!」そこへ大サソリを吹き飛ばす蹴りが叩き込まれた。そのままバルコニーの外へ投げ出された。「ーームラク!」さらにそこへ陰魔法のムラクで大サソリの重力を操作し、帰還の一手を打てぬままに転落する。
「メィリィ、エキドナ!」「ナツキくん!立ち直った…いや?」「ひょっとして記憶が戻ったのかい?」「話が早い!けどなんでわかった?」「わかるさ。君の隣でベアトリスがそれだけ自慢げな顔をしていればね」「そして、シャウラを蹴飛ばした彼女は…」「暴食の権能だ。ユリウスと一緒。周りが忘れて本人は覚えてる。名前はエミリア。タフで可愛い俺のお姫様」
そしてスバルは大サソリの相手をベアトリスとすることになり、そして襟ドナはユリウスの元へ行くことに。そしてユリウスに伝言はと聞かれると「いや、特にねぇよ」「俺の言うべきことは少し前の俺とその前の俺が全部言ってる。今さら付け加えることなんてない。あいつはユリウス・ユークリウスなんだぜ」レイドがユリウスに立ちはだかるのが運命なら、答えは一つ。レイド・アストレアを斬るのはユリウスだ。「ーーわかった。そのまま伝えるとするよ」「あ、言うことあったわ。他のみんなも大変だから、さっさと片付けて他の人のフォローに回ってくれ」そうして、襟ドナは走っていく。
死にたくない。この状況下で死に戻りすることの危険は想像を絶する。リスタート地点が変わってないなら、死んだスバルが戻るのは、ルイと自分とを分離する前の段階。そこに戻ればどんな不都合が発生するかわからない。つまりーー「今回でケリをつける!」「それでえ?全然説明がなくってちんぷんかんぷんなんだけどお、わたしにはちゃあんと説明してくれるのかしらあ?」「悪ぃが付き合ってもらうぜ。俺とベア子とお前の三人で魔獣のスタンピードと大サソリ、角二つを押さえ込む!」「それ、説明になってないからねえ!」「ーーくるのよ!」次の瞬間、外壁からバルコニーへ大サソリが飛び上がる。これで想定通りのマッチアップになった。
エミリアにかかっている
あとは「ーー本気で頼んだぜ、エミリアたん、君が全部に鍵だから」監視塔を取り巻く角四つとの戦いが本格的に始まる。開幕は大サソリの一発からだった。塔内での十五回以上の死の半分ほどはこれに殺されている。だが、それだけ殺されれば初速と予兆がわかる。複眼と尾針が攻撃の瞬間にささやかな光を増す。そして手を繋いでいるベアトリスがムラクを使い、跳躍してその白光を躱す。爆風に押され一気に浮上し、同じように重さを失ったメィリィが指笛を吹くと羽土竜がスバル達をさらうように足に獲物を引っ掛ける。そうしてスバル達は砂海の空へと飛び出した。
羽土竜の足を掴んでいたが、バルコニーにいる大サソリの追撃で羽土竜の胴体が貫かれる。スバル達が落下し、さらに狙撃される。「ベア子!オリジナルスペル第二弾!」しかしその発動の直前に体が横からかっさらわれる。ゴムのような質感に抱かれ、自分の身に何が起こったのか確かめたスバルが驚愕する。何故なら大サソリの攻撃から救いだしてくれたのが、餓馬王だったからだ。「だ、だはははは!地下で初めてお前を見かけた時は、まさかクライマックスで共闘することになるとは思ってなかったぜ!」そのまま餓馬王は耳心地悪い鳴き声で応え、スバルとベアトリスを乗せて走りだす。放たれる白光を避けながら塔の外壁を走り切り、砂海へ到着する。
そして別個体の餓馬王に乗ったメィリィが合流し「もう!お兄さんもベアトリスちゃんもいきなり奥の手使いそうだったでしょお?もっと慎重にやってよねえ!」と言う。魔獣達のスタンピードを押しとどめ、攻撃力の高い餓馬王を筆頭に空を飛ぶ羽土竜や地中の砂蚯蚓、その他多数の魔獣を従えるメィリィの能力には脱帽だ。その対応力と戦略の幅の広さは今スバルが欲しかった最高の相方と言える。「メィリィ!俺とお前ってもしかして相性抜群かもしれないぜ!」「うわあ、やめてよねえ。わたしもペトラちゃんに睨まれるなんて嫌なんだからあ」
しかし、メィリィの顔色が悪い。それを見て「加護が制御できなかった頃、世界は地獄みたいでしたよなんてオットーの奴は冗談言ってたが加護も使いすぎれば毒になるってことか」メィリィ頼りの戦いには限界がある。「つまりこの戦い、いかにメィリィを蝶よ花よと愛でられるかで決まる!」「なんか最高に聞き捨てならない作戦かしら!」
「時間稼ぎじゃシャウラをなんとかできない。だから全部の鍵はエミリアたんが握ってる」「試験を壊すことは禁じない。この塔のルールは壊せるんだ」
塔の最上階へ
「くるのよ!」バルコニーから飛び降りてくる大サソリ。「ベア子!メィリィ!時間を稼ぐ!俺たちの勝利条件はエミリアたんの勝利!」「それって具体的にどれぐらいなのかしらあ?」「エミリアたんのできる最高速度だよ」いつだってエミリアは本気だし、一生懸命だ。だから目の前の問題に対し手を抜くことはありえない。それを信じて愛して、大切に思うからここで踏ん張れる。「さあ、やるぜ、運命ーーいや、塔のシステムをぶち壊す!」
「なるほど、つまり君はそのために!」「ええ!そうなの!スバルに言われたのよ。塔の一番上まで上がったら、この状況を書き換える方法がきっと見つかるって!」この方が走るのが早いと襟ドナを抱えたエミリアの足が加速する。体力の消耗を心配するもエミリアは体が軽いから大丈夫だと言う。名前を奪われてしまったエミリア。それはユリウスと同じはずなのにへこたれない姿勢は精神性によるものなのか。それとも支えとなる誰かの差ではないか。
エミリアは言っていた。スバルが覚えててくれているから不安じゃないと。それは心理にも思えた。スバルが暴食の権能の影響を受けない理由は不明だ。いや、厳密には彼の記憶が失われたのは暴食の影響だという。だから起きた出来事の全てをスバルの特別性が要因だと言い切れない。つまり、可能性はあったのではないか。何らかの方法で記憶も名前も守ることができたのではないか。それができていたならアナスタシアのこともユリウスのこともーー。「ボクは…」どうするべきだったのか。こんなにも頭を悩ませたことは人工精霊の生涯で初めてのことだった。
「エキドナ?」「何でもない。それより本当なのかい?君が二層のレイドの暴力を一度は突破しているというのは」「ホントよ。もうそんなことまで忘れられてるなんてすごーく説明が大変」そして二層への階段を駆け上がった。そこにはユリウスとレイドが戦っており、ユリウスが劣勢なのはひと目でわかった。「ーーそこまでよ」そこに割って入ったのがエミリア。「ああン?」突如二人の頭上へ巨大な氷塊を落とす。ユリウスは飛び退り、レイドはそれを箸一本で氷塊を砕く。そして襟ドナはユリウスにエミリアの事を君と同じ立場の人間だと説明する。そしてレイドはエミリアに「なンだオメエ、激マブ。なンでかオメエを止める手が動かねえ。いきなりオレが惚れたわけじゃなけりゃまさか…オメエ試験突破してやがンのか!」「ええ、そうよ!あなたは私の胸を箸で触って負けたの!」「かっ!なンて本望な負け方してやがンだ。覚えてねえのがもったいねえ!」
名前を交わす戦士
すなわち、エミリアを止めるものは二層にはなくーー、「ユリウス、私は…」「行かれるがいい。私と同じ、その名前を知らない麗しの貴女よ」そうして二層の最奥に上へと続いている階段に差し掛かると振り返り「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。あとでまた必ず会いましょう!」上に向かうのがエミリアの役割。そして襟ドナの役割はーー。「君がどこへも行かず、私の戦いを見届けるというのか?」「それを君が許してくれるのなら。いいや、そうじゃない。そうすべきだと他ならぬボクが判断したんだ」
「何ができるわけではないが、アナがいたならこうしただろう。この塔の中、ボクの立ち入りは不安定なものだ。だからせめて自分の意思で君の後ろに立つ。だって…君はアナスタシア・ホーシンの騎士。そうだろう」それを受け、ユリウスは瞳を伏せた。そうして長く息を吐くと「存外に力をもらえるものだね。勇気を振り絞った誰かがもはや何者でもないかもしれない私を信じ、期待してくれるということに」
「ーーユリウス、君に伝言だ」「塔の至るところで皆が戦っている。だからね。ーーさっさと片付けて他の人の援護に回ってくれだそうだ」「ーーー」それが彼なりの声援だとわかるから、襟ドナは聞いた通りをユリウスへ伝えた。ユリウスの反応は劇的だった。ユリウスは笑みを浮かべた。そしてそれはユリウスを知るものがこの場にいたなら驚くべきことだった。戦いの最中に笑みを浮かべることなど。「彼が殻を破ったのならば、私もまた負けてはいられない」騎士剣を正面に掲げ、対峙する敵と向かい合う。
「オメエ、やる気になったンかよ」「失礼だが、戦いには常に真剣に向き合っている」「違ぇ違ぇそうじゃねえ、オレが言わなくてもオメエもわかってンだろ?」笑いながらレイドは自分の眼帯をめくった。そうして「棒振りレイドだ。この名前だけ覚えて散ってけ」戦いにおいて名前を交わすのは戦士として対等と認めた証。「改めて名乗ろう。私はユリウス・ユークリウス、。ルグニカ王国王戦候補者アナスタシア・ホーシン様の一の騎士。名無しの騎士を気取るのはこれまでだ」
エミリアは一層への階段を駆け上がり、ついに辿り着く。そこは一層と呼ぶべき空間ではなく、屋外だった。
一層の試験官
「一層って外のことなの?ここ、雲よりも高い…」塔の縁には手すりのようなものはない。だから端までいけば眼下を容易に見下ろすことができる。しかしすぐに別の感慨に意識を奪われる。あまりに堂々としすぎていて気付けなかった気配。「あなたは…」『ーー汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』『我、ボルカニカ。古の盟約により、頂げ至る者の志を問わん』その体を青く輝く鱗で覆った巨躯ーー『神龍』ボルカニカがエミリアを見下ろしてそう言い放った。
一方、四層と六層と繋ぐ螺旋階段では、ライとラムが対峙していた。「聞いた話だと、ラムとレムの姉妹愛を引き裂いてくれたのがあなたらしいわね。ーー豚のように鳴きながら死になさい」
そして砂海では、スバル達が餓馬王に乗りながら大サソリの攻撃に対処する。「わざわざルールに『決まりを壊してもいいよ』って断ってるってことはこのルールは壊されることを前提にしてるってこと」そしてそれが可能だとしたら、塔の攻略者への褒美によって叶うはず。ならばそれはレイドを突破したエミリアだけに与えられた権利だった。「頼んだぜエミリアたん。こっちは幼女二人とできるだけ引き延ばす!」
そうスバルが言葉を口にしていた頃、エミリアの遭遇した相手までは予測できなかっただろう。世界でその名を知らないもののいない存在。嫉妬の魔女が恐怖の象徴だとすれば、それは希望や信頼の象徴と言うべきもの。それほその功績を世界に対して積み上げてきた。神龍ボルカニカ。エミリアはそのボルカニカの全身を改めて見る。青く深い色味を帯びた鱗は宝石のように煌めき、太い前足と後ろ足は黒々とした岩のような爪が備わっていて、地竜とよく似た顔つきには長命を感じさせる信じ難い年月を見つめてきた黄金の双眸がある。その頭部には二本の太く大きな角が生えていていた。
体躯は十五、六メートルはあるだろうか。立ち上がらず、その場に翼と尾を畳んで蹲っている為に性格な大きさはわからない。一層が開けた場所に作られているものボルカニカのために違いなかった。「あ、あのねボルカニカ!私は試験を受けにきたの!それに挑むわ!」『ーーー』
精神の死
「どんな大変な試験かわからないけど、でも大急ぎでお願い!私が頑張らないとスバルたちが困ったことになっちゃうの。何でもどんとこいよ!」『ーーー』そしてボルカニカはゆっくりと瞬きをした。『ーー汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』『我、ボルカニカ。古の盟約により、頂げ至る者の志を問わん』「…あれ?」「あの、それってさっきも聞かせてくれたお話よね?私が一層にきた人で、あなたがぼるカニ化…それであってる?」『ーーー』
「あ、もしかして自己紹介をしてないから?私はエミリア、ただのエミリアよ。ちょっと今はたまたま私のことを覚えてない子が多いから証明は困っちゃうけど、でもエミリアなの!」『ーーー』「…これでもダメ?」「もしかして…」そしてエミリアは恐る恐る前へ出た。そしてそっと手を伸ばし前足に触れる。「ーー冷たい」触れた鱗は氷のように冷たかった。いったいどれほどの時間を停滞して過ごせばここまで熱を失うのか。それは生物的な『死』を意味するものではない。長きにわたる停滞が奪うものは肉体の活力だけではないのだ。「もしかして、お爺さんすぎて試験のこと忘れちゃってる…?」
大図書館プレイアデス。第一層『マイア』の試験。制限時間『仲間たちの生存時間』挑戦回数『不明』挑戦者『一名』試験内容『不明』ーー試験、開始。
「うう、どうしようどうしよう。まさかレイドみたいにぼるカニ化をやっつけたらいいって話じゃないだろうし…」「問題も出してもらえないなんて…」『我、ボルカニカ。古の盟約により、頂げ至る者の志を問わん』「もう!わかったってば!その先を聞かせてほしいのに!」そしてエミリアは今できることをやらなくてはと一層を見渡す。丸い空間には周囲に六本の柱と中央に巨大な柱が一本、ボルカニカは中央の柱にもたれかかるように蹲っていて、空間の広さは半径百メートルぐらいだろうか。
そんな一層で一番怪しい場所があるとすればーー「ボルカニカがくっついてる真ん中のおっきい柱」他の六本と違い、その柱だけさらに上へと伸びている。あるいは一層よりも上の零層とでもいうべき場所がそこにあるのか。そして柱を調べようとボルカニカの後ろに回り込み、柱に触れようとした瞬間、エミリアは風の音を聞いた。
中心の柱
それが何なのか確かめるより早く本能で氷壁を作り出す。衝撃が氷壁越しにエミリアを打ち、大きく弾かれた。咳き込むエミリアは見た。ボルカニカの尾がゆっくり床へ下ろされるのを。「尻尾で叩かれた?」反応が遅れていれば頭が吹き飛んでもおかしくない一撃だった。しかし柱に何かあるのではないかと感じさせる行動だった。
「あなたは試験のためにここにいるんだもの。それは試験のことを忘れちゃった今でも忘れてない。だから同じことを繰り返し説明してるんだわ」それでもここに居座っているのはその精神が死を迎える前に交わした約束事を守る意志がそれだけ強固あった証。『賢者』と『剣聖』そして『神龍』はそれぞれ知恵や力、志を試すために。それならばーー「中途半端な気持ちじゃダメね。私も本気でいくから」するとゆっくりと世界が凍てつく。次々と生まれる氷の戦士。
それはアイスブランドアーツからさらに発展した新しい可能性。スバルには教えてないから名前はつけてもらえていない。故にエミリアが命名する。「氷の兵隊さんと、アイスブランドアーツ…!」生み出される七人の氷の戦士は武器を構えてエミリアと共に「いくわ寝坊助さん!起きるならきっと早めに起きてね!」
ーーゆっくりと段階的に枷を外し自らの肉体の熱量を上昇させていく。その少女の肉体の内を流れる血はそれを構成する肉は骨は、世界で最も優れたる種族のモノ。そしてその中でも最高傑作と呼ばれた『鬼神』の再来ーー。「それが姉様ッ!あァなんて素敵なの!どこまでいってもレムじゃァ到底及ばない届かない敵わない、そんな姉様ッ!」鬼族の角を失い『ツノナシ』となったラムの肉体は膨大な負荷に押し潰されそうになっていた。故にラムは自らの意識に枷を嵌めた。
通常使用人として働く時には全ての枷をかけたままに。有事となれば魔法を用いて戦わなくてはならない時もある。そんな時は枷を一つ外して最低限の魔法を使う。そしてそれでも収まらない事態なら二つ目の枷を外し、短期決戦でラム本来の二割ほどの性能を発揮できる状態にする。
三つ目の枷
約一年前、聖域でガーフィールと一戦交えた時がちょうどそのぐらいだ。あれが『ツノナシ』であるラムに出せる全力であり、それ以上は肉体が付加に耐えかねて使いものにならなくなると確信していた。そんな諸刃の剣である枷をもう一段階外そうとしている。「ーーー」刹那、ラムの胸中を珍しい躊躇が歪ませた。これまでの戦いの反動が跳ね返れば、頭は割れるように痛み、鼻血や血涙が流れ、しばらくは体が動かせなくなるのを覚悟しなくてはならない。「…あまり長くかけるとバルスが死ぬわね」誰も彼もラムがいなくては仕方ない仲間達。故に「死ぬ気で耐えなさいバルス。レムが泣くわよ」そしてラムは十年ぶりに三つ目の枷を外した。
ーー瞬間、コル・レオニスの反動がスバルへ牙を剥く。「スバル!」血の混じった咳をして大勢を崩しかけるスバルをベアトリスが支える。「ラムの反動がきたかしら」「お察しの通り、だ…悪い、何とか堪える」「ラムが暴食の片割れを片付けてくれたら…」そうすれば、引き取る負担をメィリィ一人に集中できる。
今、四つの障害に狙われる監視塔において、それぞれの戦場を維持するための要をなっているのが誰か、メィリィ・ポートルートに他ならない。故にスバルはしばらく前から加護のフィードバックを自分へと引き取っていた。「羽土竜ちゃあん!花魁熊ちゃん!合わせて!」加護の力を全開にした戦闘。それが、相当な負担をもたらすことを大いに実感する。「お兄さん!集中してる?二人がやられちゃったらそれで全部おしまいなんだからねえ!?」「わかってる。ーーなぁ、メィリィ。全部終わったらうちの子にならないか?」「ーーっ!言ってる傍から!集中っ!!」砂上の戦いの中、メィリィは口の中だけで「どうかしてるわあ」と呟く。どうかしてる対象はたくさんいるが、一番どうかしているのはーー、「わたし、なんでしょうねえ」
どうしてこうなったのか自分でもわからない。そもそもスバル達の旅路へついてきた時点で自分らくしない行動は始まっていたのだと思う。流されるままに、求められるままに。それがメィリィの処世術だったからここでも同じことをするつもりだったのに。「死者の書なんて、そんなものがあるからよお」ずっとくすぶっていたエルザへの想いを開封するしかなくなり、結果、メィリィは生涯で最もらしくない愚行を重ねた。挙げ句にスバルには偉そうに説教までされた。
紅蠍
そんな彼の訴えを鼻で笑う気にはなれなかったけど、なんだかなし崩し的にその後の協力まで約束させられて。「もおもおもお!これ、絶対あとでお兄さんにわがまま聞いてもらうんだからあ!」そもそもこんな土壇場の戦いはメィリィ本来のやり方ではない。事前準備が命。周囲の魔獣達を支配下に置くために仕込みを行い、戦場に配置、その総攻撃を高みの見物をする。それことがメィリィの本領だった。
メィリィは幼くとも殺し屋だった。誰かの命令で誰かの命を奪うことを生業としていた。だからこれが初めてなのだ。ーー誰かの命を救う為に、守る為に、戦わなくてはならないのが。「こんなの、わたしのやり方じゃないんだからねえ!」そして地下から捕まえた魔獣を引き上げ、大サソリを狙わせる。砂蚯蚓の巨体で押し潰そうとするもそううまくはいかない。しかし本命は三体の餓馬王だ。
それが大サソリへと迫った刹那「ーーメィリィ!」スバルが叫ぶ。「え?」三体の餓馬王が槍を構えて大サソリへと飛びかかる。どうやっても防ぎきれない目算。それが大サソリの体の変化を見て崩れる。それは黒々として外殻が次の瞬間には血のような赤へと変じていた。ある種の魔獣には『攻撃色』と呼ばれる変化を起こすものがいる。それまでと明確に行動が変わり、より獰猛で攻撃的になる変化。
それが起こった証として外見が変わることが多い。餓馬王の炎が膨れ上がったり、白鯨の全身に無数の目が生じるなども該当する。そしてそれは大サソリーー否、『紅蠍』にも該当することだった。「ーーぁ」白光が全方位へ向けて放たれ、飛びかかった三体の餓馬王が消し飛ぶ。それと同時に白光の余波はまるで薙ぎ払うように荒れ狂い「ーーー」炸裂する光の本流に呑まれ、メィリィの小さな体は血飛沫と共に宙を舞った。
ーー血の沸く感覚と溢れ出す高揚感、それが幼い頃から嫌いだった。まるでこの世のあらゆるモノを統べることができるように思える全能感。あの錯覚に酔い続けていたら、時間が道を誤らせたに違いない。なぜ自分が潰されずに済んだのか、それがきっと、思い出せない何かのおかげなのだと、わかっていた。「ーーラムは可愛いだけでなく、聡明だもの」
大きな枷
自画自賛の言葉を置き去りに、ラムの踏み込みが螺旋階段の段差を砕く。瞬間、腕を振るい、受け止めようとした相手の腕を真っ向から打ち砕く。手首、肘、そのまま肩、あで一瞬でねじりへし折った。絶叫を上げかける横っ面に拳を叩き込み、ラムの指は散弾と化した。血反吐を吐いてライが吹き飛ぶとラムはそれを追いかける。しかし、ライが両足を振り回すと発生する空間の歪みがラムの肩に触れて切り裂く。ーー空中に見えない刃の置き土産、風の魔法が生み出す小癪な罠があった。
ライはその風の刃で空中歩行し、自由に螺旋階段を飛び回る。しかし「ーー千里眼」例えそれを捉えられなくてとも、設置した人間の視界に重なれば見抜くのは容易い。ラムは同じ足場を利用しライより早く頭上で躍り出る。「あはははは!姉様、それ本気?マジなの!?」「さあ、下に落ちるまで何回ラムの靴裏を味わうのかしらね」そうしてライを打ち落とし顔面へ四度蹴りをぶち込み続ける。
「どう?後悔している?」ラムの手刀がライの両肩の関節を外す。「どう?後悔している?」改めて聞き、恐怖を刻み込みレムを取り戻す為に殺さず問う。「どう?後悔している?」「ーーッ、日食!」だが、ラムの眼前でそれは消える。だが、千里眼で螺旋階段の途中に逃れたのを特定。そこには禿頭の老人の姿があった。しかし外見の変化も千里眼でライだと確信している。「遊びに付き合ってる暇はないのよ」ラムが大きな枷を外して一分以上。スバルには微調整しろと言ったが、思った通りまるごと負担を引き取ることを勝手にやっている。どこまでも格好つける。
「これまであなたが暴食として喰らった全てを戻しなさい。そうすれば」「…そうすれば、なんじゃ?儂たちを見逃すとでも?」「いいえ。そうすればすぐに殺してやるわ。いい取引でしょう?万死に値するところを一度で許してあげる」「ふはっ」ラムの前から姿を消したのは短距離の空間跳躍というべき技だった。なら、なぜもっと早く使わなかったのか。「…使いたくない理由でもあるの?器に引っ張られるとか」「いやはや…本当にここまで恐ろしい女子とは出くわしたことがないぞい」「肩は?」「壁にぶつけて嵌めたよ」それを見て、肩から腕を落とすべきだったと反省した。
ラムをいたぶる方法
そしてライが妙な動きをする前に風の刃で四肢を吹き飛ばそうとする。しかし「賭けは、あたしたちの勝ちよおん!!」風の刃を浴びながら丸々と太った髭面の男が後方へ飛んだ。巨漢を逃すまいと前進すると置き土産の刃に浅く斬られ、その隙に脇腹へ拳が打ち込まれてしまう。ラムを殴り飛ばしたのは屈強な体格をした男。三人の姿を瞬時に切り替えてその特性を応用した連携だった。
「儂たちは知っておる。ーーレムの姉様は小細工なしにそんな風に動き続けられません」ツノナシの限界を超えたラムの動きを見て、ライは推測を確定しその悪意を完遂する。すなわち「姉様、別に僕達は姉様と力比べがしたいわけじゃないからさァ」空間に溶けるように消えた。「逃げを打つ決断が早い。いいえ、それより」ライの居場所を考える。あの悪意の塊である大罪司教がただ逃げる為に塔内へ入り込みはしない。ラムを最大限にいたぶる方法が何なのか熟知している。それは、「ーーレム」ようやく再び捉えた視界がラムと共有される。そこにはレムを背に乗せて走るパトラッシュが映り込んでいた。
「オラオラオラオラオラ、どうしたぁ!箸一本減らされて片手だけになってんンぞ?それでも届かねえなンざ遊ンでンのかよオメエ!」「ぐ…っ」レイドが強烈な蹴りを放ち騎士剣で受けるも衝撃は殺せない。そしてそれが散り切る前に次がくる。幾度もその繰り返しが行われていた。「気分が変わりゃあ剣も変わる。オメエにはその爆発に期待してンだぜ?だってのにいったい全体いつになったら変わンだよ、オメエ。それとも…」「お行儀に拘って負けンのか、オメエ。それで満足かよ」
「ーー随分と好き放題に言ってくれるものだ」「あなたは幾度もそうした言葉を投げかける。私も身に覚えがある言葉だ」「ハッ、だろうよ。オレほどじゃねぇにしても、誰の目から見てもおンなじように感じるンだろうぜ。オメエの剣にゃ、必死さしかねえってな」「…必死さ、か」ちらと背後を見れば世界で最も尊ぶべき存在の現身。しかしその中身を別人へと違えた女性。不可抗力とは言え、水門都市の戦いから約二ヶ月、何とも自分たちは空虚な主従関係を続けてしまったものだ。「思えば、私も君も、もっと自分の胸襟を開いて話し合うべきだったろうね」「ユリウス…?」
貫く意志
「もしそれができたなら、君とはいい友人になれただろう。お互いに同じ女性を大切に想い、憧れることができたのだから」「騎士なんてかしこまったフリしちゃいるが、オメエの中身はそれじゃねぇだろ、オメエの中身はオレと変わらねえ『棒振り』だ。窮屈で見てられねえよ」しばらくの沈黙を経てユリウスは「そうか」と呟く。「ようやくわかった気がする。」「あなたがどうして私にこうも執拗なのかが、だ」
苛立ちながらもユリウスに言葉をかけるのをやめないレイド、その方法は乱暴だが、まるでユリウスを教え、導こうとする先達のそれだ。そうまでしてユリウスを引きずり回す理由。「あなたは私に自分と同じモノを見ていたのか」つまらない戦い方、お行儀のいい剣技だと幾度もユリウスを嘲笑ったのは、そのユリウスが被った殻の内側に眠れる獅子が隠れていると考えるから。「細けぇことは知らねえよ、青びょうたンが。オレはオレのやりてえようにやるだけだ。そのオレの勘が言ってやがンだよ。オメエは一皮剥けた方が面白ぇってな」
ユリウスは見栄を張りたいだけの男だとよくわかっている。「だからこそ、私は私であることを曲げない」「ンだと?」「あなたの言葉は正しいのだろう。思い当たる節は多くある。誰もが私を忘れた世界では失われた歴史だが、私はユークリウス家の嫡子ではなくてね」「貴族の家を出奔した父は平民の母と結ばれ、私は生まれた。私の出自は平民のそれだ。父母が亡くなり伯父だった今の父に引き取られるまで貴族の教養というものとは無縁で…故に私の在り方は作り上げたものだ」「不細工なハリボテだろうが」
「そうかもしれない。私の本質は礼服ではなく、平服を纏い、友と笑い合いながら野を駆け回っていた頃の理想を知らない粗野な幼子の方なのだろう」目指すべき理想もなく、日々を生きるのに懸命で。そんなユリウスとしての在り方こそが、本来の自分に約束された未来だったはずだ。だが、その未来は鉄砲水によって、実の両親共々押し流されて彼方へ消えた。だからこそーー「私は騎士を装おう。見栄に拘り、本来の己を封じ込めよう」「何も知らなかった無知な私は、しかし理想と出会ったのだ。ーー私は騎士に憧れた。凛々しく清廉とした騎士の姿に憧れたのだ。故に憧れを貫こう」音を立ててマントを留め、ユリウスの眼差しに力がこもる。レイドは苛立ちが驚きへと変わっていた。傍若無人のような男がユリウスの言葉に意識を奪われていた。
最優の騎士
ならばこそユリウスは声を大にして続ける。「私は不器用な男だ。物事も形から入るばかりになる。立派な剣を持てば、品のいい服を纏えば、折り目正しい言葉が使えれば、それらしくなると信じやってきた。だからこそその意地を通そう。見栄を保とう」「見栄を馬鹿にするものもいるだろう。だが、それと同じくらい見栄を眩しき思うものがいるのだと信じている。ーー私が騎士の在り方に焦がれ続けるように」
最初に騎士への憧れを芽生えさせたのは誰なのか、それは思い出せない。だがユリウスは騎士となった。『最優』と呼ばれたのは研鑽した剣技や磨き上げた精霊術、それらに裏打ちされた実力の高さだけが理由ではない。ユリウスの在り方こそが騎士の在り方だと思ってもらえたから。それが『最も』『優れたる』『騎士』の在り方だと見栄を張る姿が眩しかったから。
そうしてユリウスは襟ドナの方を振り返り、そして小さく首を横に振る。ユリウスを覚えていられなかったことを心の底から悔いてくれた彼女へ。そんな罪悪感を抱く必要などなかったのだと、伝えるために。「忘れられたことを恐れ、悔やみ、嘆く必要などどこにもなかった。誰もが知り、誰もがこがれる騎士道の中にこそ、私という存在がいるのだから」そして同じことはこの場にいる『彼女たち』にも言える。
「これまですまなかった。我が蕾たちよ。失われた絆に縋り、君たちを手放そうとせず、ずっと不安な想いをさせた。その頸木から今、君たちを解放する」可視化されるのは六体の準精霊。ユリウスが騎士となる以前から傍にあった、離れ難き存在。彼女たちもまた暴食の権能でユリウスを忘れた。しかし契約者との間に結ばれた消えない契約と生まれ持った誘精の加護でつかず離れずあり続けた。ユリウスも名前が戻れば取り戻せるとそう信じて彼女たちを手放そうとしなかった。それはなんと愚かなことだったのか。
六体の準精霊がユリウスの伸ばす腕に集まる。「変わることを恐れる私がいた。だが失う覚悟がなければ得られないものもある。例えばそれは愛情という名の蕾の開花。長らく傍にあった蕾たちが、どんな花弁を花開かせるかこの目で確かめる未来」
お初にお目にかかる
「我が蕾たちよ!君たちを解放しよう。長く、こぼれた絆に縋り続けてすまなかった」その言葉と同時に準精霊たちが弾かれたように離れる。確かにあった繋がり、契約が断ち切られる。精霊術師にしかわからない、真に魂が結びついた存在を喪失した痛みと嘆き。それはかつてエミリアが同じ痛みに涙したほどの。
ユリウスだけでなく、準精霊たちも同じ痛みを味わい、後悔したはずだ。人間と契約など結ぶべきではなかったと、魂に付けられた傷を呪ったかもしれない。だがーー「その上で今一度、君たちを呼ぼう」『ーーー』「君たちを愛している。この見栄っ張りの求愛を受け入れてくれるなら、改めて結ぼう。ーー私と君たちとの、新しい契約を!!」再度腕を伸ばして叫んだ。その訴えを聞いて準精霊たちは静かに一秒だけ明滅した。
『ーーー』温かな光がユリウスの全身を包み込む。喜びがあった。怒りがあった。悲しみがあった。愛情があった。憎しみもあった。それら数多の感情がユリウスと彼女たちの十年以上もあった。それを一度はなかったことにしてまた新しく未来を紡いでいく。これが正解かわからないが、正解にしたいと思えた。いったいこの先、ユリウスに何を恐ろと言えよう。「ーーそうだろう。我が麗しき花盛りの乙女たちよ」その一声に応える六つの蕾ーー否、花開く乙女たちの応えがあって。
「これから先、深く、優しく、傷付け合いながら、私はこの道を歩もう」「お待たせした、剣聖レイド・アストレア。ーーお初にお目にかかる」マントを掴んで優雅に一礼した。そして顔を上げこの世で最も憧れる『それ』になり切って名乗る。「ーー私は『最優の騎士』ユリウス・ユークリウス、あなたを斬る、王国の剣だ。」
レイドは両目を閉じユリウスを見ない、。静かに腕を組み、思案して思案して「ーーオメエは殻を破った方が強くなれたぜ」「あなたがそう言うなら、そんな道もあったのかもしれない」「しかし私はこの道を征くと決めた。あるいはあなたの言う通り、殻を破り本来の私などというモノを剥き出しにした方がより強くなれるのかもしれない」「断言しよう。私は騎士として己を突き詰める。その上であなたが私を導こうとした道よりもあらゆる面で優れたる私となろう」「はン、どういう理屈でそうしようってンだ、オメエ」
憧れた少年
「決まっている。ーー私の信じる騎士というものは、理想の体現だ。それは清く正しく、何よりも強い。ならば騎士を名乗る私がそうでなくては話になるまい」考えてみればユリウスは暴食に名前を奪われてからずっと不安定な状態にあったと言っていい。無論自制し、それを表に出さずにきた。まず、他者を信じるべきだったのだろう。真摯に訴え自分から愛情を示せばよかった。蕾たちとそうできたように。
「断ち切られた絆は結び直せばよかった、何者でもないものが何者にでもなれる…他ならむ私自身がその生き証人だったのだから」「幾度機会を得られようと、私はあの日、燃えるような少年に憧れ騎士を標榜する背中に理想を見、『剣』の頂たるあなたへ挑むだろうーー!」「ーーは」レイドは歯を見せて笑った。そして、「泣かせてやるよ」そう言い放ち、大きく後ろへ飛ぶ。そして白い階層に突き立った選定の剣を手にとる。
「ーー天剣に至りし愚者。彼の者の許しを得よ」「そしゃオレの台詞だろ。…まぁ、すっぽ抜けたから忘れちまってたが」レイドが無造作に剣を向ける。それだけで全身が総毛立つ。「泣きたくなってきたかよ?」「いいや。伝説に挑んでいる実感に胸が弾む」目の前にいるレイド・アストレア。ユリウス自身、幾度彼の伝承に胸を躍らせ、憧れたことだったろうか。実際その人と会い、人柄にこそ驚きはしたが実力は理想そのものだった。なればこそいったい自分はどこまでもったいないことをしてきたのか。
「なに笑ってやがンだ?」「いいえ、ただ思っただけです。ここでの目的を果たして帰参した暁には、我が友、ラインハルトに挑もうと」ユリウスはこれまでラインハルトと競ったことがなかった。並び立とうとしなかったことを悔やんだこと。それもユリウスがアナスタシアに仕え、王戦に臨んだ理由の一つだった。最初から木剣を構え、ラインハルトの下へ行けばよかっただけだ。過去に一度、ラインハルトとヴォラキア最強の剣士が剣を交えたことがあった。練兵場で誰もがその剣気に熱狂したあの日ユリウスも胸を熱くした。それが答えだったのだから。「オメエ、なンてったっけ?」幾度となく名乗ったはずだがそれを覚えられていない。だがどうでもよかった。「ユリウス・ユークリウス。忘れられやすい名前なので、覚えていただきたい」少し前なら笑えなかった冗句を口にして騎士剣をレイドへ向ける。
アル・クランヴェル
そうして六精霊へと助力を願った。今の自分と彼女達なら、虹の極光のさらなる高みへ至れるだろう。アル・クラウゼリアとアル・クラリスタ。六体の精霊の力を借りて、六属性のちからを束ねた虹の極光。その極大魔法を放つクラウゼリアとそれを騎士剣を宿らせるクラリスタ。その先に未熟さ故に一度も成功しなかった秘儀「ーーアル・クランヴェル」瞬間、極光が白い空間を埋め尽くし、紅の偉丈夫の前に虹の帯が引かれる。
ユリウスが独自に編み出した虹の精霊術の秘中の秘。虹の光を放つのでも剣に宿らせるのでもなく、己に纏い、極光そのものとなって相手を討つ必殺ーー「いざーー」「適当に」「ーー参る!!」その精霊騎士の究極の一撃を、白い一閃が真正面から迎え撃った。
ーー初めて自我を意識した時から襟ドナには予感があった。自分の存在目的は生まれた瞬間から尽きていたのだと。強いて言うなら生まれること自体が目的であり、その時点で目的は果たされた。故に放置され無目的に世界を放浪した。そうした数百年の空白で少女と出会ったのだ。鮮烈な行き方をする少女の在り方に魅せられ、冷え切った命は熱を得た。「ーー君も、君の大切に想う子達も失わせたくないんだ」長い時を経て初めて思ったのだ。これを過去にしたくないと。
虹の光を纏った騎士が真っ直ぐに白い光へ飛び込んでいく。レイドの行動はひどく単純だ。振り上げた剣を振り下ろす。それが世界を斜めに両断し途上のモノを全て討ち滅ぼすこと光となる。ただ剣を振っただけで世界が光と共に焼かれていくのだ。意味がわからない。レイドが規格外なのか、剣聖とは全員がこうなのか確かなことはーー
「ーーユリウス」この場で極光と化したユリウスに何かできるとしたら。胸に手を当ててその内側で眠る存在を意識する。彼女が眠りから覚めない理由。それを求めてこの塔へやってきた襟ドナ。ーーだがそれが欺瞞だった。既にどうして目覚めないのか理由がわかっていた。一度懐に入れたものは何としても手放さず、失うことを何より厭うのが彼女だったから理由は一つしかない。
生まれてきた理由
「体をボクに譲り渡し、一時的に自身のオドの中に潜んだ君は、外界からの干渉を受けない状態だ。ーーオドはある種の固有の結界だから」そして彼女は自分から閉じこもっている。その理由は明白だ。オドの外に出れば暴食の権能の影響を受けてしまう。忘れたくないものを忘れさせられる。アナスタシアはユリウスを忘れてしまう。ーーだとしても、良いところも悪いところも名無しの騎士として慌ただしくする彼のことは傍で見てきたから、たとえ彼女が彼を忘れても、教えてやれる。
「あぁ、そうか」何の目的もなく生み出された時点で役割を終えた人工精霊。そんな役割だと思っていたが、これが存外、それだけで終わるものでもない。大切な少女と大切な騎士と欠ける二人の橋渡し。そのために生まれてきたのだと笑えるぐらい、責任重大ではないか。だからーー「君の騎士の一番カッコいいところを見ないなんて、そんなもったいない真似、ケチな君らしくないじゃないか」
ーー白光が極光を塗りつぶさんと襲いくる。ふとユリウスは思った。ラインハルトとレイド、戦えばどちらが強いのだろうかと。生憎とそれを見極める機会は訪れまい。「ならば私がこの身で確かめる他にないだろう」どちらとも剣を交える機会を得られるとしたら、それはこの塔へ到達した面々しかいない。その上で可能なのはユリウスと上層へ向かったエミリアという女性だけ。その役割を他人に譲るつもりはない。だからあとは勝利するだけだ。この白光を押しのけ、虹の光でレイドを討ち果たす。その為に全霊を、あと一歩の、剣力を、『最優の騎士』の剣先に、わずかの誇りと力が宿ればーー、
「ーーユリウス」それは届くはずのない呼びかけだった。だが声は確かにユリウスを打った。あるいはそれは鼓膜ではなく、もっと奥深く、胸の最奥へと届いたのかもしれない。騎士という殻を被り続けると決めたなら、それに答えぬことなどありえない。「ーーいったれ、ウチの騎士」その一言に必要だった最後の剣力が宿った。「イア!クア!アロ!イク!イン!ネス!」精霊達へ呼びかける。正面、打倒すべき的の姿は白い光に彼方にあり、それを越えるために。「お、おおおぉぉぉぉーーっ!!」らしくないほどに口を開け、血を吐くほどに声を上げた。
不意な幕切れ
決死の形相で優美さなどかなぐり捨てて、ただ己を支える骨子たる信念をひび割れさせぬよう、最大限にそれを奉じて、ユリウスは踏み込んだ。「ーーー」音も色も殺してレイドの一閃が空間を割る。『剣』とは物を斬るために生み出されるものだ。そして剣技とはその剣で物を斬るための技術の総称だ。
ならば、この世のあらゆる物を斬る一閃は『剣』と『剣技』の極地にして本懐。それに斬られたものは、斬られたという事実を永劫に忘れない。だからユリウスが左目の下に受けた傷跡も永劫に消えない。それが剣聖の一閃を間近に浴び、真っ向から挑んだものの代償だった。
「ーーー」迎え撃つ白い光が圧力を増し、揺るぎない虹の極光もまた輝きを強める。なおも強大化して、激しくぶつかり合いーー「ーーぁ」永劫に続くかと思われたそれは不意の幕切れを迎えたのだった。剣聖の左目を塞ぐ眼帯がはらりと白い床に落ちていた。互いの最大火力のぶつけ合い、その突然の幕切れ。しかし勢いは止まらず、極光を帯びた剣は真っ直ぐ相手の急所を刺し貫いていた。
「ちっ、ああ、クソ、つまンねえ幕引きになっちまったじゃねえか」レイドのたくましい胸板にはユリウスの剣が貫いたのとは異なる傷ーー、否、亀裂が生じていた。それは体の各所にガラスがひび割れるように広がっていた。「結局のとこ、アレだ。オレって人間はオレ以外の器に収まり切らねえってこった」つまりレイドという魂の働きにロイという容れ物が耐えられなかった。それがユリウスとの最終局面で破綻したのだ。
「では、いっそあなたが!」「かかか。何事もままならねえもンだな。弱ぇ奴ってのは。泣きたくなったか?」なぜそのように笑えるのか。このまま彼が消えるのはもはや確定した未来だ。あるいはユリウスを打倒すれば一度は終わった生を再び歩み始めることもできたかもしれないのに。「バーカ。そもそも生き返って何するってンだ。せいぜいさっきの激マブと遊ぶとか、そっちにいつマブでもいいけどな…」「ほ、本当に未練はないのか?」「ねえよ。やりてえことはやりてえと思った時にかますってのがオレの流儀だ」「オメエもそうした方がよっぽど楽だったろうぜ」「…助言には感謝する。だが私にはそちらの方がよほど茨の道なのですよ」
グッドルーザー
そしてレイドは亀裂とは別の唯一の傷を指差して「オメエ、勘違いすンなよ?オメエの剣が届いたのはまぐれだ、これがオレの体ならオメエじゃ鼻クソだって付けられねえよ」「そんなことは最初からしないが…」「はン!面白くねえ!」そしてレイドがユリウスの肩を叩く。
「その剣力、心の底から尊敬します」「野郎の憧れなンざいらねえよ。ーーオレの勝ち逃げだぜ、ユリウス」「ーーー」最後の一声、名前を呼ばれたことに瞠目した。「ええ、最後まで。ーーあなたの勝ちだ。レイド・アストレア」「はン、いい面するぜ、負け犬が」その言葉を最後にレイドのひび割れが拡大し消滅。代わりに白目を剥いたロイ・アルファルドが倒れ轟沈していた。生きているか死んでいるかわからないが、致命傷であることは疑いようがなかった。
そしてユリウスが前進する。目の前の彼女の足下には白い狐がいる。ずっと襟巻きに擬態していたはずの姿がそこにある意味。それを改めて意識して「ーーお初にお目にかかります」少し前にレイドへ伝えた言葉を再び述べる。「ウチは」「ーーウチはアナスタシア・ホーシン」「ーーー」「ウチは、この世の全部が欲しい。…で、えらいカッコいいお兄さん、お名前は?」「私はユリウス・ユークリウスーーあなたの一の騎士」「お忘れかもしれません。ですが私はあなたに剣を捧げた身。あなたのためにモテる全ての力を尽くし、その志をお支えするもの」
膝混付いたユリウスがゆっくり顔を上げる。「そうなん?よう覚えてへんのやけど…でも」「一目見て思うたんよ。このお兄さん、ウチのもんにせなあかんて」その間近に求め続けた主の何もかもを手放すまいと爛々と輝く瞳があって。全てを手に入れる強欲へとユリウスは再びその剣を捧げた。奪われた主従の絆の再生が二層エレクトラで果たされる。それはナツキ・スバルが提示した四つの障害、その一つの排除の達成。大図書館プレイアデス第二層の試験、終幕。
ーー赤く、赤く、何もかもが燃える炎に包まれていたことを覚えている。穏やかで停滞した日々は唐突に終わりを迎えた。最初の奇襲の時点で村の半数、続く二撃目で半数が削られ、勝敗は決していた。「ラム!囲みを抜けよ!お前が生きてさえいればいい!!」長老が吠えた。ラムの身を案じたからではない。ラムこそが鬼族の輝かしい未来だと愚直に信じていたからだ。
ラム
かつての鬼族の栄光、魔女の時代に名を刻んだという『鬼神』の再来。それがラムという神童に戦うことを忘れた鬼の最後の族長が望んだ切なる願いだったのだろう。馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い飛ばしてやりたい気分だった。健やかに成長すれば族長の願いは叶えられていたかもしれない。しかしラムはそれを望まなかった。ーー■■の■として生きること。
額に意識を集中し、熱く照らされるマナを白い角から全身へ取り込む。「ーー■■」その唇が紡ぐのも脳裏を締めるのも愛おしいたった一人の■のことだけ。ラムが薄情ということではない。既に両親は最初の半数に含まれてしまい助けようがなかった。立ちはだかる全身ローブを纏った敵。十字架の形をした剣を振るうふざけた輩へとラムは手加減なしの風を見舞う。「ーーお■ちゃん!!」高い声に呼ばれ振り向けば■■が炎に照らされていた。
ラムは急いで■の下へ向かった。「■■…」足に力が入らないのか■■はその場にへたり込んでいた。そんな愛おしい■に手を伸ばし立ち上がらせようとする。その瞬間だった。■■の無事を確かめて一瞬の気の緩みが差し込んだ。周囲を囲まれていて逃げ道を作るのも難しい状況だった。その為に封じていた枷を全て外して、荒れ狂う風を敵へ向けーー、
それは忌み嫌った全能感がもたらした心の隙間だったのだろう。風の刃を掻い潜った黒影が放った一閃が額を打ち、視界が爆ぜた。くるくると回りながら白い角が飛んでいった。苦鳴を上げながら、しかし同時にラムは気付く。生まれてからずっと、ラムを蝕み続けたあの声が聞こえなくなって。ああ、こんなにも簡単なことだったにかと、自分の愚かしさがおかしくなって、赤い夜に放物線を描く角を見ながら。ーーああ、やっと折れてくれた。と、そう思ったのだ。
千里眼で共有されたライは逃げるパトラッシュを明らかに弄んでいた。追い詰めようと思えば一瞬で追い詰められるのにわざとそうしていた。「これ以上好き勝手な真似はさせないわ。今すぐにーーぁ?」そんな瞬間に千里眼がほどけかける。それだけでなく、内臓を見えない手で掻き回されるような不快感と痛みが降り掛かっていた。「ま、さか…バルスが死んだ?…いいえ、違うわね」スバルの犬死には跳ね返る負荷の軽さから違うと判断できる。「…不測の、誰かの負荷を多く引き受けたわね…ベアトリス様かメィリィか…」重要なのはこの瞬間、ラムが先程ライを圧倒したような力を発揮することが困難になったこと。ーー枷で言えば外せるのは一つだけ。二つは二秒と持たない。
喰えない存在
それで果たしてライに勝てるのか。「何を弱気になるの。勝つための方策を打つしかないのよ」ーーいつかもこうして追われる妹の下へ駆けつけるため、息を弾ませたことがあったような、そんな風に欠落が疼くのを感じながら。
「地竜はいいね。きっと君が人間だったら美食家の俺たちの一皿になってくれたってそう思うッ!でもでもでもでも!悲しいかな、地竜じゃ僕たちの腹は膨れないッ!」意志があり、魂があり、記憶があり、名前があるにも拘らず暴食の権能は人間以外のそれを喰らうことができない。「姉様はーー」非の打ち所のない完成された存在。それがライの内に眠る記憶の訴えであり、半殺しにされた正当な評価と考える。
本気を出したラムにはライでは歯が立たない。否、恐らくは大罪司教の誰であろうと、本気のラムには軽くひねり殺されるだろう。「姉様の妹として恥ずかしくない成長をしなくちゃいけませんね」ライはラムとの戦いで半殺しにされ生き延びるために跳躍者ドルケルを日食で再現した瞬間、殻を破った。これまで自らが失われることを恐れて使わないでいた日食を使いこなし、確固たる己を維持する術を見出した。
この覚醒状態を姉様に見てもらいたい。そのためにもっと彼女の憎悪を駆り立てる手法を選択しなくては。例えば目の前の地竜の背にある『自分』のことをーー、そしてライはパトラッシュに拳王の一撃を加え壁に叩きつける。しかし倒れ込む地竜は体を丸め背中から落ちる少女を庇おうと足掻く。ライは地竜の記憶は喰らわない。だからその命を奪う理由もない。今日のことを共に覚えていない。あとはーー「姉様のために姉様の大切なレムのことを、レムの手で…」「ーー薄気味悪いことを言わないでちょうだい」レムへと覆いかぶさろうとした顔面が強烈に弾かれる。
そのまま大きく後ろへ弾かれてライは背中で床を滑っていく。「…短時間で随分と不細工になったわね」「不細工だなんて、姉様ひどいてすゥ…僕たちはこんなに、こんなに、こんなにさァ!姉様のことを大事に思ってってってってててて」口調が定まらず、呂律が回らず、思考が乱れている言動。それが精神に異常をきたしたことが原因であると誰から見ても一目でそれとわかっただろう。跳躍者の禿頭の部位があり、肉食獣の部位があり、拳王の部位があり、それ以外にも様々な人間の身体的特徴が不気味が人体を構成している。
レムの姿
「その挙げ句がレム気取りの怪物?正直ここまで腹がたったのは初めてだわ」「よく頑張ってくれたわ、パトラッシュ。レムを連れて下がっていて」「〜〜ッッ」ずるずると巨体を引きずりながらレムの襟首をくわえ、下がる。「ダメですってばァ、姉様。それは大切なオードブル…メインディッシュを堪能する前に付け合わせは必須なんですかーー」「ーー死になさい」相手の首から上をズタズタに引き裂く威力を秘めた小規模の嵐。ラムは手加減するのをやめた。
殺さずに痛み付け、記憶を戻す方法を探ろうとした結果、レムやパトラッシュの危険な事態を招いた。錯乱したライの発言からも全うな回答が得られる可能性は低い。総合的に見てもこの選択が正しい。ライを撃破し、肉体の負荷をスバルから引き取る。その上でパトラッシュとレムを緑部屋へ戻し、ラムは他の誰かの援護へ駆けつけるべきだろう。と、そこまで考えた時、ラムは瞠目した。
ライの外見に変化が生まれた。その複数名の特徴が集まった顔の額に角が出現したのだ。「ーー姉様」確かにレム瓜二つの顔でレムが発するのではないかと思われる声で、呼ばれる。硬直したラムの顔面へとライの巨腕の一撃が叩き込まれた。脳が揺らされ、鼻から血が滴る。「泣いてください姉様」そこへ拳が振るわれる。無防備に受けラムは壁に激突する。倒れ込んだ通路の先、ラムの視界にパトラッシュとレムの姿があった。
ラムはあらゆる点で秀でている自覚があったが、どうしようもなく持ち合わせていないと自覚しているのが時の運だった。角を折られ、鬼族としての在り方を残った日からそれは変わらない。もっともこの角を疎ましく思っていたのが他ラならぬラム自身だった。それなのに都合のいいことに、今は失った角さえあればと思う。ーー否、正確にはあるのだ。角自体はずっと肌身離さず持ち歩いている愛用の杖、その杖の基礎にはラムの折られた角が使われている。
角は鬼族の強靭な肉体が必要とするマナを効率よく集める為の重要器官。魔法を行使するための触媒としてこれ以上馴染むものはない。そのため、ロズワールはわざわざ角を回収し特注で作らせたのがこの杖だ。その角が杖の中と額とある場所が違うだけでこんなにもーー、ふと、角のことを思ったラムの脳裏にある考えが過ぎった。角の折れたラムと眠り続けているレム。どちらもロズワールに拾われた姉妹。どうしてロズワールはラムとレムを、姉妹を拾ったのだろうか。
共感覚
ラムはロズワールが求める役割えお知っている。その過程でロズワールが行おうとしている計画、それも知っている。そのためにラムが必要だと、時がくればおのずとわかると、その方法もわかると聞いていた。故にラムは必要な時がくるまで詮索しないでいた。しか今、レムがパトラッシュが生き延びるために必要な考えが、浮かぶ。
それはひどく荒唐無稽なだが、同時に納得のいく推論でもあると胸を張れる。ラムの愛したロズワールであれば。「人でなしと罵られる覚悟で、それをすることもあるでしょう」そうこぼし、ラムは腿に備え付けた杖を抜き勢いよく壁に叩きつける。砕け散った杖の内側から長く見なかったそれが飛び出す。ーーあのときのようにくるくると目障りなぐらいに回転しながら。
白い土埃の立ち込める通路を手で払い、ライは前に出る。煙の向こうに見えたのは地竜、そして傍にいる『邪魔者』の姿があった。おあつらえ向きに体を起こされていて、ちょうそ首か心臓を狙いやすい。さっさと息の根を止めてメインディッシュの姉様に取り掛からなくては。そしてライは気付いた。俯いた少女の青い髪を頂く頭部、そこがぼんやりと光っているのが。
「訂正するわ」「ーーっ、ねえさ」「時の運がないと思っていたの。でもそうじゃなかった」声の主を呼ぼうとするもできなかった。それを上回る速度の一撃が顔面を打ち抜き吹っ飛ぶ。あまりの威力に壁を二枚ぶち抜いて止まった。「どうやら、天さえもラムとレムの可愛さに首ったけのようね」噴煙に目を凝らそうとした直後、音さえも置き去りにする速度で顔を掴まれていた。「ねえ、さま…」「残念だけど、ラムの妹は奥で寝ているわ。『共感覚』ではっきりとわかる」「きょう、かん…?」「共感覚よ。ラムとレムは仲良し姉妹だったようね。喜びや怒り、悲しみや痛み、そういったものを分かち合える。角の活性化の恩恵と負担、その両方も」
意味はわからなかった。ただ、ライが見たものが肯定された。壁にもたれかかる『眠り姫』の額に見たのは白い角。生来のあの鬼の娘が持ち得た、姉に勝る唯一の財産。「バルスの作戦がヒントというのが癪だけど、いいわ」「スバルくんが何を…」「ーーその顔と声でバルスの名を呼ぶのはやめなさい」瞬間、地面に後頭部を叩きつけられていた。ラムは確かめるように掌を開閉し、その額の古傷からおびただしい血を流している。
二人で一人の鬼
ずっと以前から疑念を抱いてはいたのだ。ロズワールの最終的な目的を達成するためには、ルグニカ王国を守護する『龍』を殺す必要がある。ラムは、ロズワールのその目的に欠かせない重要な駒、他ならぬ彼からそう聞かされたのはもう十年前になる。鬼族の村でラムとレムを救ったロズワールは対価を求めた。そして、ラムは鬼族の応報と引き換えにその対価を支払うと決めたのだ。そのために龍を殺す計画だろうと協力しようと。
「時がくればわかる。ーー君たちの姉妹にしか果たせない役割が」肝心の龍の殺し方を聞いた時、主はそう答えたと記憶が覚えている。それがどういうことなのか不思議と今日まで深く考えることはなかったが「ようやくわかったわ。ロズワール様の狙いが」故にラムn中でも答えが出た。レムはラムの失われた角の代わりとして引き取られたのだ。ラムとレムの姉妹は、二人で一人の鬼として、龍を殺す為に手元に置かれた。
無論暴食の権能の影響からロズワールも逃れられない。結果的にどうしてレムが屋敷に置かれていたのかを忘れたはずだ。だが忘れたとしてもすぐに勘付くはず。そして暴食の被害からレムを取り戻そうと奮闘するラムたちを見ながら、その事実は口外しなかった。しかしこうも思う。レムを連れた今回の旅、ラムの同行を許可したのは、ロズワールがこうなる可能性を予期していたからではないかと。
その狙いにラムが気付くと信じられていたと、そう思った方が気分がいい。ロズワールがラムを評価したのだと。だからーー「今、最高に気分がいいの。ぶちのめされなさい」「ねえさ、まぁぁぁーーッ!」ライがレムの面影を残しながら、手足が変化する。強引にラムの掌から逃れ、躊躇なくラムへ踏み込む。しかしラムは背負投をして頭部を蹴り飛ばして通路の奥へ。
本来自らの意志なく眠り続けている彼女にはたとえ鬼族であろうと角を機能させることはできないはずだった。それを共感覚で強引に覚醒させる。腹立たしいことだが、スバルの発想のおかげだ。妙な力でラムの負担を引き受け、戦う力を与えてくれたから同じことをする発想が生まれた。共感覚で繋がった同士は強い感情や時に怪我や痛みさえ共有する。「許してちょうだい。こんなときにあなたにも荷を背負わせる悪い姉様を」
鬼神
共感覚を通じてラムは己の肉体へかかる負担を眠る妹へ共有させる。スバルのアレは恐らく他者のオドと自分のオドを強制的に繋いでかなり一方通行な共感覚を引き起こしているはず。スバル側の負担を送ろうと思えば送れるだろうが、馬鹿なのでそれはしない。眠り続けるレムは何も言わない。ただ、健気にその重ねた両手に持たされた白い角。杖の中に仕込まれていたラムの折れた角を触媒に自身への角へと流れ込むマナをラムへ送り続ける。
ライが吠えながら舞い戻る。跳躍者とやらの力で瞬間移動するも千里眼で相手の視界を盗み、あらゆる攻撃に先んじて出鼻を潰す。回し蹴りをし踵落としをし顔面を粉砕。全身に風刃を浴びせ血飛沫を撒き散らす。スバルと違い、やはりレムとの繋がりは馴染む。枷をさらに二つほど外した。おそらくは全盛期の五割ーー否、当時のラムより成長した分、あのときよりもよほど今のほうが強い。そしてその強さに溺れないことがラムの強みだった。
「やっぱり角を折られて正解だったわ」「そもそもあの夜がなければロズワール様にもお会いできないのだから、比べるまでもなかったわね」ライは最適解を得るように次々姿を変えるも、ラムはそのことごとくを封殺する。そしてついに元のライの姿に戻る。「せめて最後ぐらい、自分の力で抗ってみる?」「そういえば、螺旋階段で気になることを言ってたでしょう。あなた、弟や妹がいるようね。弟妹の為に意地を見せたらどう?」
ライはその場で体を起こし「おれ、たちの…ぼく、たちの…妹、に…」「手を出すな、とでも?生憎だけどそんな主張ができる立場だと思うの?」「それ、れもぉ…」悲痛な訴えにラムは微かに目を細めた。「ーー姉様は、優しすぎます」刹那、視線が逸れた瞬間、ライはそれだけ言い残し、姿を消した。跳躍者の空間跳躍で視界から消え、逃げたのだ。
「ははッ!あはははッ!」勝てない。あれには勝てない。あれは、美食の皿にも悪食の皿にも載らないそういう存在だった。むしろロイの悪食には辟易としていた。好き放題に餌場を荒らすからこちらに回ってくるはずの美食が奪われることもあっただろう。否、これまでの自分の食したものは本当に美食だったのか。「あんな、あんなモノがあるなんてさァ!知らなきゃよかったのにさァ!!」
最高の美食
あれを喰い尽くしたい。美食家を標榜しあらゆる感情や優れた逸材を喰らってきたつもりだった。だがこの世に本物があると知ってしまった今、全ては色褪せていた。あれを味わうためなら、何もかも投げ捨てても構わない。あれを喰らうそのためなら、これまで溜め込んだ全てを失って後悔はない。あれ以外を味わいたくない。あれ以外で己を満たしたくない。「おぶっ、うえっ」走りながらライの口から吐瀉物が漏れた。
なぜ、あれ意外を素晴らしいなどと思ったのか。真に素晴らしいモノ意外を愛して何が美食家なのか。欲しいと願う心からの叫び。「そうだ!愛してるッ!姉様を…いいや、ラム!折れたちはお前を愛してーー」しかし言葉が途切れる。それは新たに発生した苦痛によるものだった。「ーーぁ?」頬を引き裂いた傷。原因は何もない空間。「ーーー」そこに無言で指を伸ばし、ライは自分の指先が切れるのを見た。
何もないのに見えざる刃がある。それはライが螺旋階段でラムに披露したモノと同じ技だ。空間に不可視の刃を設置する技は伝説的なシノビの技であったがそれが誰の記憶であったのかは、捨ててしまったからもうどうでもいい。問題はライが置いた覚えのない刃がここにあることだ。「まさか…」刃を避け、更に奥へ足を進めようとしーーその爪先が吹っ飛び、悲鳴を上げて仰け反った。そして後頭部も浅く削られ、立ち尽くす。ーー見えざる刃に囲まれている。「…はは、本気で?」一度見せただけだ。それも不可視の技なのだから見えたわけでもなかっただろう。しかし彼女はこの場に足を運んですらいない。にも拘らず彼女はこちらの逃げ道を補足し、先んじて刃を設置した。彼女はライを逃さなかった。この目に重なって、逃さない。
「ひはっ」もう笑うしなかない。そして「あァ!待ってくれ!あと少し!あと少しだけでいいからッ!」千里眼にどれだけ訴えようと声は届かないのは知識の通り。だから呼びかけは自分を突き動かすためのものだった。ライはすぐ横の壁に取り付いた。喰らったものを捨てて早まったことをした。拳王の力さえ残っていれば苦労しないで済んだものを。「受け取ってくれ、僕たちの想いッ!見届けてくれ、俺たちの願いッ!」血の吹き出る腕を壁に押し付け、文字を書く。そして後ろに下がり、右目を開いてその文字を見る。壁に描いた血文字が心の底から求めてやまい相手へと届くように。
昨日の話
彼女ならばきっと、最期の最後まで自分と重なり合ったまま見届けてくれるから。「あァ、愛してーー」「フーラ」言い切る前にライの首が風の刃に斬り飛ばされていた。ライの死を見届け、ラムはレムとパトラッシュの元へ。パトラッシュはこれだけボロボロになりながらもなおもレムの姿を背後に画していた。スバルの言いつけを健気に守ろうとするなど、本当にスバルにはもったいない地竜ーー「いいえ、違うわね。あなたもレムを守りたいと思ってくれたの?」「ーーー」「そう。…いい子ね。パトラッシュ」そっと首を撫でる。
そうしてレムの元へ。既に共感覚を利用した角の力の利用は解いており、その額に角はない。ただし鬼神同然のラムの力を肩代わりした反動は確実にその体を蝕んでいる。いつか訪れる反動を思うと気が重くなってくる「今、このときは野暮なことは考えない」ラムはレムの頬に手を添えた。以前と比べはるかに確かな実感を伴い、愛おしさと大切さが溢れてくるのを感じる。あの炎の夜に何のためにあったのか、これまでラムは自分が自分になるためにあったのだと結論付けてきたし、それを間違っていたとも思っていない。ただ、今日この瞬間からそれは変わった。
あの日、ラムの角が折れたのはーー「今日、ここでラムがレムの姉様だってわかるためにあったのよ」「今まで以上にあなたと話をしたい。あなたとラムがどんな時間を過ごしたか。どんな昨日を重ねたのか、足りない思い出を一緒に埋めましょう」時が止まらず過ぎ行くから、未来の思い出なんていくらでも降り積もる。だから何も知らないまま、忘れられたままで全てが消えていかないよう、何度でも思い出に花を咲かせよう。「たくさんの、昨日の話をしましょう」眠り姫は応えない。けどその沈黙に胸を締め付けられず、温かなもので満たしながらラムは微笑む。
「ーー愛してるわ、レム」きっとどんな時間を二人で重ねたとしても、この想いだけは裏切れない。奇しくも歪んだ大罪司教の最期の言葉と同じモノを口にしながら、それはやはり同じ音であっても同じ響きにならない。愛を知らぬモノと愛に生きるモノとでは、決して同じ響きにはならない。
逆鱗
ーー氷を思った通りに作り上げるには『いめーじ』を固めるのが重要だ。最初、スバルからアイスブランドアーツを提案されたときも同じだった。いめーじした武器を作る過程でエミリアがたくさんの絵を勉強した。スバルと何回もお絵かきするうち、確かな上達があった。お絵かきしているのを見て、ラムは呆れ、オットーは苦笑し、フレデリカやペトラはたまに混ざってくれて、ガーフィールはこうした方がいいと助言をくれた。ロズワールも遠くからたまにベアトリスが並んでお絵かきしているのを見ていて。エミリアが思う、とても大切で手放し難い思い出。
湧き上がる想いを原動力に作り出した武器と七人の氷の兵士を連れてボルカニカに挑む。エミリアのいめーじは氷の武器でも兵隊でも同じことだった。つまるところ、エミリアがいめーじしやすい姿だった。エミリアと一緒に戦うのは七人のナツキ・スバルだ。氷兵が近づくと尾が高速で動き、戦闘の氷兵が木っ端微塵にされた。そして刺股を持つ氷兵が尾を押さえようとすると今度は爪を使ってきた。
作り出せるの氷兵は最大7体までだが、破壊されてもエミリアが力尽きるまで何度でも立ち上がる。そして、前足の攻撃から逃れ、氷兵の手を使い、エミリアは足で踏切柱のてっぺんまで行こうとする。しかしそんな時、ボルカニカが息吹を吐いた。氷兵は消滅したものの、柱に指をかける。するとボルカニカは翼を広げ飛び、エミリアの高さまできた。尾で攻撃すると、エミリアは避けるも落ちてします。しかし落ちた先はボルカニカの背中だった。
身をよじり振り落とそうとするボルカニカの背中で必死にしがみつき、同じく空を飛行するロズワールやパックを思った。そして考えたのは「もしかしてなんだけど、あなたも首をくすぐられるのが苦手じゃない?」パックと戯れた日々が浮かんだ。そして首を見ると顎の下の青い鱗がびっしり生え揃った中に一枚だけ白い鱗があった。
エミリアは氷兵たちを使いその一体がゆっくり白い鱗へ手を伸ばしーー『ーーーッッ!?』初めて繰り言以外の声を聞いた。ーー逆鱗という言葉がある。龍の首には触れてはならない鱗が一枚だけあり、それを逆鱗と呼ぶ。逆鱗に触れられた龍は激怒し必ずや相手を殺してしまうとされる。それに由来し、相手の触れてはいけない部分にふれることを『逆鱗にふれる』という言葉で表すようになったのだと。
黒いモノリスの手形
鱗に触れるのは隙を作るのが目的だったが、エミリアは宙に放り出されてしまう。そのままぐるぐる回転し落ちた先、そこは一層よりもさらに上の最上層だった。ボルカニカはよほど鱗に触れられるのが嫌だったのか、ずっとずっと上で悶ていた。そうして周りを見渡す。「お願いだから、私にもわかる問題をだしてね…」
そして見つける。中央の柱だけにしかない不思議な特徴。「ーー誰かの、手形?」中央の柱の根元にあったのは黒いモノリス。その黒いモノリスには手形が押されてあった。ーー六つの、それぞれ異なる男女の手形が押されていた。
ーー大サソリの色が変化した瞬間、炸裂した光はこれまでで最大のものだった。紅に染まった甲殻を狙った複数の餓馬王が砕け散り、その余波で砂海が割れた。そしてメィリィがその反撃を強烈に浴びてしまった。不幸中の幸いは尾針の直撃を免れたこと。しかしその際に発生した衝撃波をまともに喰らってしまった。それだけで十分以上に瀕死の重症だった。
「メィリィ!!」彼女の下へ駆け付けた時には酷い有様で、衝撃波の影響の大部分は背中だった。黒いマントが吹き飛び、破れた衣服の下にはズタズタの地肌が見える。「呆けてる場合かー!何のための俺だ」そうしてコル・レオニスを使い、メィリィの致命傷に近いダメージを引き取る。「マズイ…!」ラムとメィリィの両方を限界まで引き受けるのは無理なほどだった。となれば命に関わるメィリィを優先せざるを得ず、ラムの負担を下げるしかなかった。
そしてメィリィを担いで立ち上がる。振るわれる餓馬王の槍を下がって回避し、ベアトリスの紫矢で牽制し距離を取る。メィリィの加護が切れて今乗っていた餓馬王も通常営業に戻っていた。そしてベアトリスに治癒魔法をお願いする。」ここが俺の踏ん張りどころ、ここでやらなきゃ男がすた…」「ふりゃ!かしら!」権能の効果を身に味わいながらメィリィを抱えて走るスバルにベアトリスが頭に飛びついてきた。
「何もかも一人で抱え込むのはよすのよ。ベティーとスバルはパートナーで、メィリィも仲間の一人かしら。助けるって約束したのはスバルだけじゃないのよ」「一緒に苦しみたいし、一緒に喜びたい…ベティーを仲間外れにしない!それがベティーとスバルの契約の条件かしら!」悩む時間はない。
感情の光
「いつだって愛してるぜ、ベア子」「ベティーの方が上なのよ」そうして「ーーコル・レオニス、セカンドシフト」と新たに名を与え、『小さな王』の権能を拡大。スバルがこの権能の果てに望むのは、共に在りたいと、スバルをそう望んでくれる仲間と荷を分かち合うこと。つまり負担の分配。スバル一人で味わわなければならなかった負担を分かち合う意志のある相手に分配する。この場においてはさしあたりーー
「スバル」「ああ」「…めちゃめちゃしんどいかしら!!」「ああ、めちゃめちゃしんどいんだ!!」そして大サソリに苦しみを分配しようとしたができなかった。小さな王を支えられるのは支えたいと思ってくれる相手だけだった。「ベア子!頭と体で違うことして!」「難しい注文してくれるもんなのよ!!」体にはメィリィの治療を求め、頭には状況の打開策を一緒に考えてもらう。なぜなら紅蠍の尾がスバルたちへと向けられてーー「E・M・M!!」切り札の一枚目が切られる。
「ーー誰かの手形?」エミリアの正面にはモノリスの表面に押された複数の手形。誰のものなのかはわからない。ただ、エミリアはその手形の一つに違和感を覚えた。六つの手形の一番端にちょこんと押された手形。端の二つだけが明らかに小さい。恐らくその二つだけが女性の手形だからだ。そしてエミリアを惹きつけたのはその手形の片方。「この手形って、私の…?」おかしなことだが、そんな気がしてならない。その手形へ自分の右手を伸ばそうとした時『ーー汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』「ーーっ!戻ってきた!」翼をはためかせ最上層へ降り立つ。
『…汝は、何をしているのだ』「え?」放たれたのは息吹ではなく、言葉だった。それは先程まで繰り返されていた言葉ではなく、自らの意志で発された言葉だった。「もしかして正気に戻ってくれたの?だったら色々話せる?」「ねえ、お願い!ちゃんと話を…」『そうも奔放に飛び跳ねて、転びでもしたらなんとする。万一があれば、叱責を受けるのは我であろう。…皆、汝には頭が上がらぬ故』「ボルカニカ…?」ボルカにはのエミリアを見る金色の瞳、そこには穏やかな色が宿っていた。直前までのものとは異なる感情の光だ。
それは優しく穏やかに、慈しむようにエミリアを見つめていてーー、『フリューゲルやレイドは何処へいった?別れ際に言葉もなくては、シャウラが寂しがるぞ。ファルセイルも、喧しく騒ごう』聞いたことのある名前に最後の一人、ファルセイルと、エミリアの覚えの通りなら。「ファルセイルって、ファルセイル・ルグニカ?四百年前の王様?」王戦に向けて勉強する中で何度も名前が挙がる人物だった。
遠い眼差し
ファルセイル・ルグニカは三十五代目の国王にして四百年前の魔女の時代に国を統治した偉人。そして他ならぬ神龍ボルカニカと盟約を結び長きに渡るルグニカ王国の反映の第一歩を刻んだ『最後の獅子王』。ちらとエミリアは視線をモノリスへ向ける。六人の手形。ボルカニカの言葉が無関係でないなら、手形の四人はフリューゲルとレイド、シャウラ、ファルセイルだろうか。あとの二人は不明だが、一つは未確認だが、エミリアの手形と一致するのではないかと思われる。
「まさか、私…森の母様たちのこと以外にも、まだ何か忘れてるの!?」「ううん…いくら何でもそんなことないはず。パックがいてくれたら、私がここにきたことがあるかどうかわかったのに」『ーーどうした?悩み事か?』「あ、ええと、大丈夫。心配してくれてありがと。ありがとなんだけど…」『何かあれば話せ。汝の憂いなら我が取り除こう、ーーサテラ』そう呼ばれ息を詰めた。サテラと呼ばれるのは初めてではない。エミリアを見ればこの世界を生きる多くの人間は同じ存在を連想する。ただし、ボルカニカが親愛を込めてサテラの名を呼ぶのは不思議なことだった。だってボルカニカとレイド、フリューゲルの三者は嫉妬の魔女と呼ばれるサテラを封じた張本人。
「それなのにどうして嫉妬の魔女に優しく語りかけるの?」『ーー嫉妬の魔女』その一言がボルカニカの遠く見る眼差しへの変化を生んだ。森育ちのエミリアには野生の経験値がある。そうした状況で豹変する動物や魔獣を何度も見てきた。故に本能的にエミリアは頭を下げた。瞬間、エミリアの頭があった空間が爆ぜる。『ーーサテラ』再び翼を広げたボルカニカが敵意を向けていた。正気に戻ってくれたと思ったのに、また逆戻り。
「ーーアイシクルライン」エミリアも魔力を解放する。『サテラ、そうだ、サテラ。嫉妬の魔女と成り果てた汝を我らが止めねば』「…仲良しだったの?」『あの日、我が躊躇わねばよかった。あの日、我が躊躇わねば、誰もーー』悔やむ龍が大きく息を吸い再び息吹がくる。その前にエミリアは踏み込み、あの白い鱗を打たなくてはならない。『嫉妬の魔女サテラ!!』「いいえ、違うわ。私はエリオール大森林の氷結の魔女エミリア」「ーー名前だけでも、ちゃんと覚えてね!」ーープレアデス監視塔を取り巻く最終局面、雲の上と下で同時に光が爆発した。
降り立つ騎士
「う、おおおおーーっ!!」着弾した砂の大地が吹き飛びスバルは叫んだ。「治癒魔法とE・M・Mと両方使うのは大変頭!ベティーじゃなかったら、三人ともとっくにお陀仏なのよ!」問題はスバルの中に残されているマナの残量。この勢いでは、治癒魔法とE・M・Mどちらかが打ち止めだ。「でもって、メィリィの治癒魔法を止める選択肢がねぇ…」「なら、E・M・Mを切るタイミングとその後の対処はスバル任せなのよ!」
そして視線を交わし、E・M・Mを解除。その場から飛び出すように離脱する。背後、紅蠍や魔獣の群れは争いながらもスバルたちを狙っている。「ーーッ!E・M・T!!」白光が飛んでくるのを予期しオリジナル魔法の二枚目を切る。あらゆる魔法を正面から打ち消すアンチ魔法。マナを帯びて放たれるものならこの魔法に打ち消せないものはない。
ただし「E・M・M解除して五秒で切り札切っちまったぁ!」脳裏に浮かぶ最後のオリジナル魔法。だがあれば未完成だ。失敗した場合、スバルたち三人が虚数空間を漂い結果になる可能性があるがーー「土壇場での覚醒に賭けられるほど自分が信じられねぇ!」ナツキ・スバルが大した奴だと認めることができても、全てを打破できると全肯定できるわけじゃない。ただ、諦めが悪いだけだ。立ち上がる回数が人より多いだけ。つまりそれだけ人より多くねじ伏せられているという意味でもある。「ここで負け癖発揮してる場合じゃねぇんだ。分の悪い賭けだが…」
「ーー意地と見えでどうにかしてみせると?それも実に君らしい決断だがね」不意の声が頭上から振ってきて、放たれる死の攻撃とスバル達の間に人影が割り込む。それがあまりに眩しくて思わず目をつむった。その人影が、虹色に輝いていたから。「ーーアル・クラウゼリア」光を打ち払う光が放たれる。「故あって、馳せ参じた。危ういところだったようだね」そう言いながら砂海に参戦したのはユリウスだった。
その堂々たる参上にスバルは「お前…終わったら他の危ないところに安家にいけって伝言頼んだんだろうが!」「ああ、聞いたとも。だからここへやってきた。すまないが他の面々と比べてもここが一番危険だと判断したのでね」「うるせぇ!その面の傷どうした!レイドは!?」「完敗だ。気持ちよく勝ち逃げされたよ」「だっせぇ!どうせなら勝手こいよ!きてくれなかったら死ぬところだったわ、いっぺんしか言わねぇけどありがとよ!」
アブソリュート・ゼロ
悪態に交えた感謝を聞いて、ユリウスがふっと笑う。気障ったらしい態度だが、どうやら彼も彼でレイドとの戦いを終えて何やら得るものがあった様子。その証拠にーー「準精霊たちと仲直りしたのか」「正確には彼女たちは蕾から開花し、精霊へと昇華された。それに仲直りというのも適切ではないね。仲違いしていたわけではないのだから」六体の精霊たちとスマートに契約を結び直したとは、とんだすけこましである。
「俺はベア子を口説くだけで精一杯だってのに、喰えねえ野郎だ」「残念ながら喰われはしていたのだがね」「笑えねぇよ!お前、ちょっと吹っ切れすぎだろ!」権能の被害すらユーモアに変えるユリウスにスバルは目を丸くした。レイドの肉体はロイのものだから暴食の片割れと決着したと考えるのが自然だ。そしてユリウスの態度からロイの無力化に成功していると考えて間違いない。
「ユリウス!ちょうどいいところにきたかしら!クアを借りるのよ!」「ーー、心得ました」そしてベアトリスとクアがメィリィに治癒魔法を施す。「その上で時間稼ぎに徹する必要があると」「ああ、見ての通りだ。赤くなってシャウラはカンカンってところだがやれるか?赤い奴に負けてきたばっかなんだろ?」「だからこその雪辱戦とノベルのは、淑女に対して失礼な態度だろう」そうしてユリウスがシャウラと対峙する。そして互いに役割を全うするように動き出す。そんな時昴は弾かれたように顔を上げた。それは、「ーーラム?」
ーーボルカニカの放った息吹が青い光となって最上層へと襲いかかった。一瞬、エミリアの脳裏を背後のモノリスが過る。万一あれば失われたら試験が台無しになる予感があった。それにこれは試験の突破とは無関係な感慨だが、「あれを壊されたらすごーく寂しい…」奇妙な既視感を覚える手形、それを残したモノリス。その感覚の正体を確かめたかった。だからあれは失えない。マナを一極に集中する。自らの内から溢れたマナを外界に留め、ゲートを無視した極大魔法の応用ーー、「アブソリュート・ゼロ」スバルがそう名付け、実現は難しいかもと話していた卓上の空論。それを成功させる。エミリアの魔法の力が一だとすれば、この魔法の威力は十か、あるいは百に迫るだろうか。大気が凍てついたなどという表現ではなく、止めることのできない時の経過さえも止まるような威力を伴っていた。真っ向からぶつかりあった青い光と絶対零度、その衝突が空白を生む。刹那、その二つの極大の力はわずかな時間の拮抗もなく、対消滅する。
神龍と地竜
止まったはずの時が動き出した時にはエミリアは氷槍を構えて前に飛び出していた。全身からごっそりと力を持っていかれ、体がとても重い。マナ自体は体の外に出したものを使ったとはいえ、それを扱うエミリアへの負担は絶大だ。「でも、へこたれてなんてられないから!!」『サテラぁぁぁ!!』ボルカニカが吠えながら前足と尾を振り回す。生まれる七人の氷兵が砕かれながらエミリアは前進する。そうして懐へ飛び込む。
「あの白い鱗にーー」しかし目を見開く。それは白い鱗ではなかった。そこにあったのは鱗の一枚と見間違うほど大きな白い傷跡だった。「古い、傷…」既に傷は塞がり触れられたところで痛みはあるまい。しかし傷に触れられることを嫌がり、あれほど悶えたのだ。それがボルカニカの古い記憶と関わるとわかり、エミリアは息を詰める。その一瞬の躊躇いに乗じてボルカニカは翼をはためかせた。
「あーーっ!ダメよーー!!」エミリアを置き去りに一気に上昇する。即席で作った氷の足場を空へ伸ばしボルカニカへ追いつこうとする。さらに氷兵を使い跳躍を6回繰り返し、その背中を踏み台にボルカニカの尾へ『ーー愚か』空中、逃げ場がなかった。氷の盾を生み出しても届く威力は致死性の破壊力。しかしそんな時「ーーエミリア様!!」真下から吹き上げる風がエミリアの上昇をほんのわずか手助け。エミリアは膝を畳み込むと尾撃がずれ凄まじい衝撃が掠れ体が高速で回転した。そしてエミリアの体が真上へ吹っ飛ばされる。
上空へ氷の足場を展開し、強引に体を止める。ひっくり返った視界、ボルカニカの頭部と一層の階段から姿を見せた人影と地竜。「ラムと…!」そして一気にボルカニカへ強襲を仕掛けようとした時、おかしな様子を見せていた。ボルカニカはエミリアの方を見ずに眼下を見ていた。そして古の神龍はラムを…否、見るのはラムではない。『ーーパトラッシュ!?』「い、やぁぁぁーーっ!!」ボルカニカの呟きを掻き消す勢いでエミリアの体が眼下へ射出された。少し遅れて頭上の氷の天井をボルカニカが砕く。既にエミリアはそこにはいなく、最速のところで踏切、龍の喉元へ。
「ちぇやあああーーーっ!!」流星の如くエミリアの蹴りがボルカニカの白い傷跡へ迫り、届く。『ーーーッッッ!!』再びボルカニカが絶叫を上げる。空が割れるような音にエミリアは耳を塞ぎ、そのまま一気に落ちる。
ルールの破壊
落ちてくるエミリアを氷兵たちが受け止めた。そして最上層へ戻ったことと、上空でボルカニカが悶えているのを確認。それから改めて中央の柱のモノリスへ走る。そして既視感を感じる手形へと迫り「やっぱり!!」勢いよく手を押し付けた。ぴたりとエミリアの手形と一致。手がそっくりな人が世界に何人いるのかわからないが、少なくともこのモノリスの手形はエミリアと手がそっくりな人のモノだ。そしてーー、『ーー汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』「あ…」モノリスに手を置いたエミリアの元へボルカニカが降りてきて、またしても最初と同じ言葉を発する。
だが、その言葉は最初の何もかも忘我の果てから出たものと違っているように感じた。正しく問いかけが始まるとそう感じて。『ーー我、ボルカニカ。古の盟約により、頂げ至る者の志を問わん』何度となくかけられた言葉。頂へ至る者の志を問わん。つまり、てっぺんにつく人の気持ちを聞かれた。何をしたいのか、何を望むのか、何をするためにここにきたのか。「ーーー」エミリアの答えはたくさんある。しかし今、この瞬間大急ぎでエミリアが望むことはーー、
『ーー問わん。汝の、志は!』重ねる問いかけ、それを聞いてエミリアは目を見開き口を開けた。「ーーみんな、仲良くして!!」瞬間、絶大な風は吹き荒れ、砂海がその勢いに一気に呑まれる。魔獣の猛攻を躱していたスバルは悲鳴を上げ、治療に奮闘していたベアトリスも驚愕する。それはシャウラを相手にしていたユリウスも同じだった。しかし彼の驚きはそれ以上のものだった。何故なら追撃がなかったから。「これは…スバル!!」ユリウスの呼びかけにスバルは顔を向ける。
「シャウラ!?」その視界に映り込んだのは、塵旋風を浴びてひっくり返り、足をばたつかせている紅蠍だった。「スバル!見るのよ!空が!」「ーー雲が、晴れた」監視塔を包んでいた奇妙な雲が丸々消えていた。それでようやく気付いた。さっきの風はあの雲を散らす為の余波だ。それが意味するところは一つだけ。「ーーやってくれたのか、エミリア」呟くスバルの知覚、コル・レオニスが感知する仲間たち、塔のてっぺんにいるのエミリアとすぐ知覚にいるラムとパトラッシュ。消えたはずの知覚が復活していた。
「塔のルールが壊されて…シャウラ!おい、シャウラ!聞け!」「もう俺たちと戦わなくていいんだ!お前はもう、自由に…」彼女がこれ以上苦しむ必要はなくてーー、「なぁシャウーー」「ーーっ!スバル!!」近づくスバルの襟首が掴まれると、鋭い尾が猛然とすり抜けた。「おいシャウラ!なんでなんだ、しっかりしろよ!!」ゆっくりと紅蠍が砂の上に体勢を戻す。そしてスバルを捉えて、その牙から涎をこぼした。
最終決戦
「ーースバル、残念だが」そしてユリウスがスバルの前へ出る。しかし「助ける、そう決めたんだ。俺はあいつを助け出す」「自覚のない、お師様としての務めと?」「違う」「俺があいつのお師様だからじゃない。俺が、あいつに絆されたから、そうするんだ」「ベア子と同じだ。こんな砂の塔でずっと一人でいて、それで俺らと過ごした何日かが楽しかったって泣きじゃくる奴をどうして放っておけるんだよ」「…強情だな。だが、そうすべきだ」「ーーユリウス?」
「いいや、改めて関心したんだよ。一度、見栄を張ったんだ。ならば、最後まで張り通せなくては、とね」そしてベアトリスがスバルの手を掴み「メィリィの峠は越したかしら。あとはーー」「連れ出すの、手伝ってくれるか?」「これでダメなんて言ったらベティーはどんな鬼畜なのよ。まったくスバルは本当にどうしようもないパートナーかしら」そしてユリウスと二人並んで、泣いている少女と向かい合う。「俺はもう、身も心もくたくただ。ーーだからさっさとたすけられろよ、シャウラ」
塔外、押し寄せる魔獣のスタンピード、魔獣使いの奮戦で突破。二層、ロイ・アルファルドの肉体を奪ったレイド・アストレアの撃破。四層因縁の冒涜者、大罪司教ライ・バテンカイトスの撃破。一層、まだ見ぬ未知の試験、エミリアの敢闘により突破。用意されていた複数の難題のクリアが為される。仲間たちが一丸となり、互いを信じて力を合わせた結果。
ならばあとはーー「全員で勝てなきゃ、嘘ってもんだろうが!」「往く!」ユリウスが砂の上を飛ぶように走った。一気に距離を詰め、紅蠍の尾針を打ち払う。「〜〜〜ッッ!!」大鋏が強烈な熱を帯び、凄まじい火力に周囲の大気が歪み始める。スバルが名付けるなら『ジーザス・シザーズ・ヘルファイアフォーム』ここにきて新技を披露し、ラストバトルを盛り上げようとする姿勢には頭が下がる。「ミーニャ!!」薙ぎ払う大鋏を紫矢が妨害。そしてユリウスの攻撃を躱した紅蠍がスバルのすぐ傍らへ着地する。死を意識した時、「根性ーーッ!」「ムラク!」重力の影響を軽くし、スバルの鞭が紅蠍の尾の根元に絡んだ。瞬間、二人の体が引っこ抜かれ、振り落とされる。
そこにユリウスが割って入り、追撃を許さない。「考えろ考えろ考えろ…」そしてスバルはまだ使っていない手札を残していたことに気付く。「ーーベア子!」「この旅の全部の力をここで使うぜ!」
さそり座の女
目の前を虹の光が猛烈に過るのを、本能のままに両腕で打ち払う。それが岩だろうと鋼だろうと、バターのように切り裂くこと請け合いだ。「まぁ、バターってなんなのかあんまりなんスけど」しかしここは逃げ場のない場所、あるいは遠距離戦闘なら自分の独壇場ーー「スナイパーってのは、常に孤独なもんッスからね」
くる日もくる日も彼方を見据え、塔へやってくる相手を見据え、待ち続けた。ルールがあった。この塔に縛り付けるルールが。それを煩わしく思ったこともあったが、それがなくては忘れっぽい自分は、すぐに色んなことを忘れてしまったと思う。一緒に歩いたこと、喋ったこと、過ごした日々や交わした思いも、何もかも。「あぁ…それは嫌ッスねえ」
何みかもが自分を置き去りにしていった。いつまでだって待つけれど、待たせるなら戻ってきてほしい。だからーー「お師様が戻ってきてくれて、嬉しかったッス」「もう、置き去りは嫌ッスよ、お師様…あーしも愛されたいッス」今度はどこまでも、いつまでも、ついていきたい。だからーー、「あーしを愛してほしいッス、ーーお師様」
身を震わせ紅蠍の甲殻の光がさらに鮮やかさを増していく。それは攻撃色のより顕著な反応と考えられたが、スバルには違って見えた。その鮮やかな赤い色はシャウラが泣き叫んでいる表れみたいだ。赤は情熱、激情、抑えられない愛の色。紅蠍が赤く輝くのはきっと誰かを愛していて、愛されたいと願っているからだ。「ーーさそり座の女ってのは、愛情深いってのが通説だからな!!」そしてスバルは鞭を放つ。
しかし直前に振り回された結果とは違う。「エル・ヴィータ!!」ベアトリスが詠唱すると、その影響がスバルの全身にかかる。凄まじい重量がすさに埋もれさせる。しかしこれだけでは紅蠍の怪力には及ばない。だからーー「ここが見せ場だ!やってくれ!!」次の瞬間、スバルと紅蠍の引き合う力が拮抗した。
踏みとどまったスバルの前に鞭を掴んでいたのは、餓馬王だった。その前代未聞の綱引きに参戦するのは、花を纏った熊、翼を持つ土竜、頭部が二つある蛇。それを引き起こせるのはーー「…ホント、人使いがあらいんだからあ」血の気を失せた顔で荒い息をつく、メィリィだった。「みんな、いらっしゃあい。見てるだけなんて、もったいないわあ」
最後の手札
両手を叩いたメィリィの声に砂海が揺れる。それはなおも押し寄せる魔獣たちの足踏みであり、鳴き声であり、この魔境と呼ばれたアウグリア砂丘を支配する『魔獣使い』ーー否、『魔獣の母』の力だった。この戦いを正しく総力戦とするスタンピードの再利用、それを為す本領発揮だ。
痛々しい表情のメィリィだが、それでも彼女が意識を回復し、参戦できるまでに復調したには理由がある。当然メィリィの受けたダメージをコル・レオニスで分配した。ーースバルの持つ、最後の手札に。このアウグリア砂丘攻略のための、最後の協力者ーー「巻き添えにしてすまん、ヨーゼフ!手伝ってくれ!!」遠く、監視塔の地下、六層に置き去りの地竜、ヨーゼフの存在がコル・レオニスに引っかかり、負担の分配をした。
物凄く心が痛む決断だが、もっと心が痛いのは、ヨーゼフがスバルのコル・レオニスの負担分配の条件を満たしてくれていたこと、つまり、ベアトリスや他の仲間同様、ヨーゼフもスバルを支えたいと、そう思ってくれていたということになる。そのヨーゼフの慈母ごとき思いに甘え、メィリィの負担の大部分を地竜に肩代わりしてもらう。
それが予想外に紅蠍が力比べに敗北した原因でもある。そしてそれはーーそのまま、お前の敗因だ、シャウラ」その瞬間をユリウスは見逃さない。放たれる虹の斬撃が、紅蠍の尾を根本から断ち切った。さらに振り下ろされる大鋏を関節部分で見事に斬り飛ばす。なおも残る大鋏をユリウスを襲うが「ーーアル・クランヴェル」湯ろうすの全身の極光がほどけ、一気に拡大する。爆発的に広がる極光が閉じかけた大鋏を内から爆ぜさせ、根本から吹き飛ばしていた。
生じる衝撃波に紅蠍の巨体が宙を舞う。そのまま砂の上に転がった紅蠍は尾と両腕を失い満身創痍の状態。そこへひっくり返った紅蠍を囲うように魔獣が取り押さえる。八本の足を抑えられ、身動きを封じられる。「ーーここまでだよ、シャウラ」身を捩る複眼、その全部に映るように正面にスバルが立った。トドメを刺すのも容易いだろうが、それはスバルの望みではない。何が正解かわからないでいたがーー、「メィリィ」「…お兄さんたちってわたしがいなかったらどうしてたのかしらねえ」そしてメィリィはスバルの隣に並ぶと指を鳴らした。そして複眼の意識を自分に集中させると「あなたはだあれ?赤くて怖いサソリさん?それとも…」「ーーー」「それとも誰なのかしらあ?」
シャウラ
問いかけに複眼の動きが鈍った。揺れるそれがメィリィを見つめ、それからスバルに視線が移る。攻撃的な赤い瞳がゆっくりと色を変える。「シャウラ」その甲殻の赤々とした光共々、ゆっくりと色を変える。瞳は緑に、甲殻は黒と、徐々に落ち着いていって、やがて「ーーシャウラ!」やがてーー、
ボロボロ、ボロボロ、こぼれ落ちていく。剥がれ落ちていく。色褪せていく。ボロボロ、ボロボロ、ボロボロして、全てが遠く、煌めいていく。何もかもがこぼれ、剥がれ、色褪せて、遠く遠く、煌めいて見える。置き去りにされて、思い出が遠ざかって、だけれど、それは確かに輝いていて。その日々が大事な全部だったから、掬い上げるのに必死になれて。
「ーー覚えてるッスか、お師様。あーしに絶対戻ってくるから待ってろって、そう言っていなくなったッスよ」小首を傾げて体育座りのシャウラに問いかけられる。「覚えてねぇ。つか、知らねぇって言ってるだろ。何べんも言わせるなよ」「まぁ、仕方ないッス。お師様が忘れっぽいのはあーしに譲られてるッスもん。あーしとお師様は似た者同士ッス」「ゾッとしねぇ!いや、言語センスが近いのは認めるけども」
「俺は辛抱弱いからな。すぐ結果が欲しくなる。せめて相手の傍にずっといられたら我慢しようって気にもなるけど…」「そりゃダメダメッスね、いいッスか?こんな明言があるッス。愛ってのは我慢ッスよ!」「おれオシャレは我慢の間違いだろ!?尽くす女っていうか、貢ぐ女のスローガンっぽいぞ!?」「全てはこの胸の奥の昂る想いを成就させるためッス。馬鹿な女と哀れな女と笑ってくれて構わねッス。その笑顔も、素敵だよ…ッス」「いや、笑えねぇよ。見て、ちょっと涙目になってきた」「どれどれ〜〜〜ッス」スバルにシャウラが顔を近付ける。ぐっと勢いよく立ち上がったシャウラ。彼女の顔が吐息が届くぐらい近くにきて、改めて端整な顔の造りを間近に見た。
「あれ?お師様、涙目ってか、ちょっと泣いちゃってないッスか?」「…お前のお師様はクソ野郎だ。俺が、この手でぶっ飛ばしてやりてぇよ」「それ、あーしめちゃめちゃ複雑な気持ちで見てなくやなんないヤツッス!お師様がお師様をKOってもうどんな状態なんスか!…もう」わなわなと唇を震わせ、スバルはぎゅっと目をつむった。込み上げてくる熱いものが瞼から押し出され、それを見てシャウラが舐める。「…お師様の体液、しょっぱくて甘いッス」「言い方…」
四百年は明日の明日
「言い方なんて、何でも変わったりしないッスよ。あーしの想いは全身全霊、体で表現してる通りッス。ーーお師様、愛してるッス」「…俺はお前に愛してるなんて言わないぜ」「わかってるッス。お師様はいけずだし、照れ屋でシャイッスから。でも、そこも好きっす。ぞっこんッス。オンリーユーッス」「ーーー」
傷付けるくらいなら、失われていいのだと、そう泣きじゃくる彼女になんて言った。泣いたままになんか、させてやらないと言ったのに。「俺は、お前に、青してるなんて、言って、やらない…」「…いいッスよ。お師様が言ってくれない分、あーしが言い続けるッス。そしたらいつか、きっと跳ね返したくなる日がくるッスよ」「いつかって…気の長ぇ話しだな。四百年待つ気かよ」「そうッスか?四百年なんてすぐだったッスよ」
時の経過に取り残され、ずっと寂しかったと泣き叫んだ。そんな心情と吐露した世界があったことを、シャウラは知る由もない。だからあっけらかんとして見える態度の裏、彼女の胸中の想いはどれほどか。泣かせないとそう誓った。それは今も違えるつもりはない。だから、泣いてほしかった。泣いて、まだ足りないと訴えてほしかった。そうすれば、お師様でも何でもない、ナツキ・スバルが全霊で、その涙を止めるために奔走した。
それなのにーー「四百年なんて、明日の明日みたいなもんだったッス」紅蠍の片鱗など見せず、彼女は微笑んだ。「だってーー待ってる時間も、愛してたッスもん」「ーーー」「ねえ、お師様。だから、また、いつかーー」
幻みたいな白い世界で交わした言葉が終わる。あれは本物だったのか、偽物だったのか、スバルの何かが見せた白昼夢だったのか。いずれにせよーー「シャウラ」ボロボロと剥がれる甲殻の一部が砂の上で塵に変わる。それは一部に留まらず全てに伝播していく。切断させた尾も大鋏も、魔獣たちに押さえつけられていた複数の足、そしてナツキ・スバルに抱擁される頭部も、何もかもがーー、「…役目を、果たし終えたかしら」だが、本能は理解していた。これは死ではない。これは彼女が星番として監視塔を任され、いずれ迎える今日が訪れた時、避けられない結末だったのだと。「だったら…俺達が…」ここに来なければ彼女はずっと、ここにいられたのだろうか。ずっと戻らない誰かと待ち続けながら。
小さなさそり
「ーースバル、わかっているはずだ。その仮定は彼女への侮辱だと」「ーーー」「そして君がすべきは後悔ではない」そして、ずっと一人きりだった彼女をより強く抱きしめた。スバルが、ベアトリスが、ユリウスが、メィリィが、一人きりだった彼女を見送る。『でも、あーしはお師様が一人いてくれたら十分ッス』そんなことを言う姿が目に浮かんで、それがそのまま涙に変わった。
ゆっくりとスバルの頬を伝った雫を魔獣の牙がそっとなぞる。そして抱擁する腕が不意に感触を失った。ボロボロと質量を喪失する大サソリの外殻がほつれ、塵へと変わる。黒い塵が、砂の上に舞い、スバルは大きく口を開けた。「シャウラ…」『はいッス、お師様』「シャウラ…シャウラ…シャウラ…」『お呼びッスか?お師様』「シャウラ、シャウラ…」『も〜、あーしってば、お師様に愛されすぎて、困っちまうッス〜』目を瞑れば呼びかけに答える彼女の声が耳に蘇る。それなのに、もう彼女どこにもいなくて。
「ーーぁ」砂の上に蹲って砂海をかきむしるスバル。その鼓膜に誰かの声が届いた。それが誰のものかわからない。確かめる余裕もなく。ただ、つられたように顔を上げ、スバルは目を見開いた。黒い塵が積もった砂がわずかに揺れて這い出す。それは小さな掌ほどの大きさの存在。二振りの鋏で砂を掻いて、その尾部を使って器用に砂から体を引っ張り出す。赤い甲殻をした小さな存在。それは、スバルの方へやってくると、砂についた手にそっと寄り添う。そのただの触れ合う仕草が、あの愛嬌の面影を残しているように思えてーー、
『四百年なんて、明日の明日みたいなもんだったッス』『だって、待ってる時間も愛してたッスもん』『ねえ、お師様。だから、また、いつか』『いつかまた、あーしと出会ってほしいッス』『今度はお師様があーしを待つ番ッスよ?追う女より追われる女ッス』『お師様、大事な、大事な、約束ッス』『今度は忘れないでくださいッス』『お師様、愛してるッス』
「お前は、馬鹿だ」忘れられるものかと震える声でスバルは呟く。そして手の甲に触れるそれを拾い上げ、両手で包む。それをくすぐったく、こそばゆく思うように受け入れ、小さな蠍が震えた。その甲殻は赤く、目に鮮やかなぐらいに赤く、真っ赤で。ーーそれは四百年の時でも色褪せられない、愛の色をしていた。
戻る名前
塵の中から表れた蠍ははたしてシャウラとどういう関係があるのか。あるいはこの蠍は彼女そのものなのかとも思うがーー、「…それは、ない」シャウラは失われた。それは言葉を最期に交わしたスバルの悲しい確信だった。笑いながらまた出会ってほしいとそれだけを言い残して消えてしまった。
「わかった…きっといるか、俺はまたお前と出会う。だから」晴れ晴れしい笑顔で愛してると言ってくれた彼女の願いを叶える。そのためにーー「だから、今はさようなら、シャウラ」そして、スバルの首元に身を寄せた蠍がまるで元気を出せと言わんばかりにスバルの耳を摘んでいた。「いてっ」その痛みで涙目になりながら、わかったわかったと頷いて引き剥がそうとする。
しかし「いたっ!いや、わかったから、もう放していいって…いってぇ!おい、これ、耳から血が出る…こいつ!こいつ本気で…!」呆れた顔をしてメィリィが助け舟を出す。「ちっちゃくても魔獣ちゃんなんだからあ、迂闊に顔近づけて目とか鼻とか食べられちゃっても知らないわよお。ーーこの子は、裸のお姉さんじゃないんだからあ」そう言ってメィリィは子紅蠍を自分の頭の上に乗せた。先程と違い、子紅蠍はメィリィの頭の上では悪さを働かない。魔操の加護の影響下に入り、その獰猛さを潜めたようだ。それはつまり、メィリィの加護の通じる魔獣であり、シャウラとしての自我がないことの証明でもあった。
「スバル、傷の治療をしないとなのよ」そうしてベアトリスの配慮に頷くスバル。そこへ「ーースバル!みんな!」エミリアが入口の大扉を開けて走ってくる。「…シャウラは、すごーく頑張り屋さんだったのね」事の顛末を聞いてエミリアがそう話す。「エミリア様、一層はいかがでしたか?無事試験を終えられたのでしょう?」ユリウスが問いかける。「よくわからなくてすごーく大変だったんだけど、何とか終わらせられたみたい。それとユリウスも、私のことちゃんとわかる?」「ーー。そう、ですね。確かにはっきりと思い出せます」ユリウスはハッとした顔で答えた。
「つまり、みんな、エミリアたんのこと無事に思い出したのか?それって…」「ラム女史がライ・バテンカイトスを討ったということだ」奴が喰った名前が戻っているということはーー、「レムを、思い出してくれたのか?」
アナスタシアとの再会
しかし「…ごめんなさい、スバル。まだ私はラムの妹のことは思い出せてない」「ーーっ!どうして!?」「ベティーもなのよ、それに…」「まだ、ユリウスのことも思い出せてないのよ。暴食の被害の全部が戻ってきてるわけじゃないかしら」「ユリウスの…」「その点に関してだが、私の名前が戻らない理由の想像はつく」「暴食の大罪司教ロイ・アルファルドは生け捕りにしてある。厳密には私の名前は彼に奪われたモノだ。だからまだ戻らないのだと思う」
大正門を通り、監視塔の中へと戻ると、五層にはスバル達をここへ連れてきた竜車があり、そこで手を振る人影に出迎えられた。「エミリアさん、それに菜月くんらも、ずいぶんと久しぶりやねえ」「…まさか、アナスタシアさんか?」その仕草や態度、表情に至る、亜で自然なのを確認する。人工精霊がトレースしきれなかった人間性。「アナスタシアさん!起きられたの?」「そうそう。もう長いこと居眠りしてもたみたいで、心配かけて悪かったわぁ、ここしばらくどうしてたんかはエキドナに聞かせてもらったわ」「エキドナも無事なんだな」「何とかね。自責の念以外では、ボクが死ぬようなことはひとまずなさそうだ」
「また、そうやて自分を責める。言うたやん。ウチが自分で選んだことなにゃから、それでエキドナが凹む必要なんてないんよ。そう思うやろユリウス」「私ですか?…そうですね。正直アナスタシア様のご決断にはずいぶんとハラハラさせられたもので、その通りですとお答えしづらいのですが」「己の内に閉じこもられていた理由を聞いては、騎士冥利に尽きるなと」その答えを聞いてアナスタシアは笑う。
「…アナスタシアさんユリウスのこと忘れてたんだよな?やけに馬が合ってるけど」「元がどんな関係か忘れた…それ自体ウチにとってはもう、お腹の中からむしゃくしゃして辛抱でけんことなんやけど…!」「ぐっと堪えてこの姿勢というわけだよ。幸いこの二ヶ月で知ったユリウスのことならボクからも話せる。どうやら、ボクはそのために生まれたようでね」「…お前も変な方向に振り切れたみたいなのよ」
そしてロイの様子について聞くと竜車の中に捕らえられているという。そして竜車に乗り込む前にスバルはヨーゼフの首を撫でる。「お前のおかげで助かった…この後何かあっても助けてくれ」
シャマクの応用
そして竜車の中を覗き込むと、ロイがいた。しかしその拘束のされ方は一味違った。全身を黒い結晶のようなもので包み込まれ白目を剥いた状態で封印されていた。「原理敵には陰魔法の応用かしら。シャマク相手の意識を切り離して、そmのまま固めてあるのよ。…これ、えげつないやり方かしら」「じゃあ、この黒いのシャマクの塊ってことか…」スバルが最も頼りにしていたシャマクだが、それを応用した封印とはユリウスの手腕には驚かされる。
「誤解しないでもらいたいが、これは私が編み出した手法というわけではない。世界で最も有名な封印もこれと同じ術式を採用している。規模は桁違いだとしてもね」「世界で一番有名な…それってまさか」「ーー嫉妬の魔女、よね」ユリウスが頷いて肯定する。監視塔からさらに東の地に封じられる嫉妬の魔女、その四百年の眠りと同じ方法であるのだと。
「ユリウス、なんでこいつを生かしてる?ライ・バテンカイトスが死んで、エミリアの名前が戻った。ならこいつだって」「戻ってくる確証はない。私が彼を処断しなかったのもそれが最大の理由だ」「バテンカイトスをラム女史が討ったのは確かだ。だが、エミリア様の名前が戻ったのはそれだけが原因なのか?もしそうでなかったら、全てを失いかねない」「ーーそれだったら、死者の書はどうだ?」「仮にあいつに尋問したとしても、本当のことを吐く保証はない。それなら死者の書を使ってでも奴の内心を暴いた方が…」
しかしアナスタシアが死者の書をスバルが使って自分がなくなる危険性があったことを襟ドナから聞いたと話す。そして持論があると言い「命のあるなし、取り合い奪い合いは最後の手段。人を簡単に死なせる人間は碌な結末を迎えない。ホーシン語録やなしに、ウチの言葉」「いなくなった誰かのために涙も流せる。…ウチは血も涙もない非情なナツキくんより、そっちの方が末永いお付き合いがしたい思うわ」
「まとめよう。アナとユリウスの意見は暴食を王都へ移送し、権能の犠牲者を救う方法を救いだすこと。その後、極刑は免れないはずだ」襟ドナが二人の意見をまとめる。そしてエミリアもそれを承諾する。そんな時スバルが膝をつく。そのまま意識を失う。そしてスバルを緑部屋へ運ぼうとする中、エミリアが「あのね、スバルを緑部屋で休ませてあげたあとなんだけど、みんなには一緒にきてもらいたいところがあるの。…会ってもらいたい人がいて」
緑部屋にて
「う…」ざらついた感触に撫でられスバルは瞼を開けた。「…パトラッシュか」「心配かけて悪かった、お前また頑張ってくれたんだろ?いつも悪いな」そうしてパトラッシュを撫でる。「パトラッシュがいなかったら、レムは危ないところだったもの。この子を連れ帰ったことが、バルスの生涯最大の功績でしょうね」「否定しきれないからやめれ。ベア子を連れ出したり、エミリアたんのために徽章を取り戻したりもしてるから、どっちもロズワールが関与してたけど」
「…ラム、悪かった。俺のせいでそんなケガを…もががっ!」「馬鹿を言わないで。ラムが傷付いたのがバルスの責任?ラムの人生においてバルスが何かの要因になることなんて人が一欠片もないわ」ラムが壁から剥がした蔦の塊をスバルの口にねじ込む。「お兄さんとお姉さんホントに仲良しよねえ。姉弟を見てるみたいだわあ」そこにいたのは子紅蠍を頭に乗せたメィリィ。「バルスが弟?百歩譲って血の通わないできの悪い弟だとしても、そんな役立たずは鬼の里じゃ口減らしに遭うわよ」「そんなシビアなの?鬼じゃなくてホッとしたわ」「嘘よ。ただ、ラムがおぞましさに耐えかねて口減らししただけね」「仮定の話に仮定の話を重ねてややこしくするなよ!」とはいえ、ラムの遠回しな気遣いであるのはスバルにもわかる。
そして、部屋の奥のベッドに寝かされる眠り姫。「レムは起きてないか」「生憎とね。憎たらしい無礼者の首はねじ切っておいたわ。それでエミリア様のことは戻ってきたみたいだけど…」「ここにいるのはケガが重かった順番か?エミリアたんたちは?」「お姉さんやベアトリスちゃんなら、会わせたい相手がいるって上に向かったわよお。一層だからずっと上…誰がいるのか、ラムお姉さんは知ってるんでしょお?」「大したことじゃないわ。ただ、体が大きくて物忘れの激しい年寄りがいるだけよ」「監視塔のてっぺんにいる物忘れの激しい年寄りって絶対重要なキーキャラじゃん…」
「仮にあの年寄りが何かの役に立つとしてもそれは話に聞く色欲の被害者のほうで暴食のほうではないわ」「それもだいぶでかい話なんだが…」それからラムはレムに手を伸ばす。「暴食の大罪司教を倒すのにレムの力を借りたわ。結果的に勝てたけど、その代償は大きい。…この子にはかなりの重荷を支払わせたでしょうね」「重荷…」「角があった頃の働きをしたわ。バルスなら内側から爆ぜていたぐらいの」「そのことで目覚めたレムに恨まれるかもしれない。でも悔やみはしないわ。ラムはレムの姉様だもの。この子が憎もうとそれは同じ。ならその先を良くしていく為に触れ合うだけよ」
ルイの再来
「…それを俺に言うのは、めちゃめちゃ耳が痛いぜ」スバルの表情を見てメィリィは元気になったみたいねと言う。「お兄さんを励ますなんてわたしにはできないんだから、あんまり凹まないでよねえ。ちゃんとした背中、わたしに見せるって約束でしょお?」「ああ、その約束もあったな。おう、今度こそ守るよ」
そしてスバルは立ち上がる。失われた体力も少しは回復したようだ。緑部屋の精霊様々である。回復部屋として利用してる緑部屋だが、元々ここには室内に入った生き物の負傷を治療する者好きな精霊がいるというのがシャウラの説明だった。「精霊ね。ユリウスの誘精の加護で無理やり実体化でもさせたらどう?」「実際ユリウスの加護の効果なら話せたりすんのかな…」そんな中ラムが「…何か妙な空気を感じるのよ。これは」
その瞬間、緑部屋の中心に光が溢れ出す。スバルとラムは弾かれたようにレムの下へ。メィリィとパトラッシュも後ろへ下がる。「なになになに、なんなわけえ!?」「わからねぇ!とにかく俺たちから離れるな!何が起きても…うお!?」光が一際強くなり、スバルの目を焼く。その後徐々に光は弱まり、目を開けると「…女の子?」ラムが呟く。
しかしスバルはその女の子に対する認識が違った。彼女の名前を知っていた。「ーールイ・アルネブ」「暴食の大罪司教の最後の一人の名前ね」「ああ、そうだ、詳しくは話せてなかったけど…あいつはライとロイの妹って話で…」「見た所意識はないようね」具体的な状況は不明だが、そもそもどうしてこの場にルイが表れたのか。スバルを恐れ死に戻りに絶望した彼女が数時間で立ち直り、再び挑んでくるとは考えにくい。
「そもそもこいつには実体はないはず…クソ、考えてても埒が明かねぇ!メィリィ!エミリアたんたちを呼んできてくれ!俺とラムでこいつを見張ってる!」「もお、人使いが荒いわねえ。…勝手に死んじゃわないでよお?」そうしてメィリィは一層へ向かう。「とにかく、結論を急ぐのはやめましょう。エミリア様やベアトリス様が戻るのを待つべきだわ、。エミリア様達がもどったらーー」改めてルイの対処を話し合おう。恐らくそう言葉が続いたと思う。しかしその言葉は続けられなかった。それよりも早くーー黒い終焉がプレアデス監視塔へと襲いかかったからだ。「ーーっ!?」どん、と大きな爆発が足下で発生したようにスバルたちの体が浮かぶ。
五つ目の障害
直後、思い切り全身を天井や壁に打ち付け、スバルは悲鳴をあげた。そして何が起きたのかと頭を振り、気付く。ーー全身の総毛立つ、おぞましい気配の接近に。「ま、さか…」そんなはずがないと感じた予感を振り払いながら立ち上がる。こないでほしいと考えた障害ーー事実、この瞬間まで起こり得なかったはずで、それにも拘らず、それは膨大な破壊となってこの場へ訪れた。
「パトラッシュ!ラムをーー!」「ーーッッ!」床に這いつくばり立てずにいたラムの体を抱き上げ、スバルはとっさにパトラッシュへと彼女を投げ渡した。パトラッシュはラムを受け取り、スバルの意を察して部屋の入口へと駆け寄る。「バルス、この馬鹿…!」スバルは次にベッドにいるレムへ駆け寄った。そして体を抱き上げ部屋の入口へ。
その直前、草の上を転がっているルイの姿が視界の端を過ぎった。「ーーっ!ああ、クソ!クソったれ!!」スバルはボロボロの体で火事場の馬鹿力を発揮。レムを右腕で抱え、ルイの腕を左手で掴む。そうして緑部屋を飛び出す寸前だった。「ーーー」その入口とスバルたちと分断するように、緑部屋の床を突き破って黒い影が室内へ流入してくる。こないと信じていたかった五つの障害の最後の一つ、スバルに執着する魔女の黒い影がこの期に及んで監視塔へと襲いかかってきていた。「ラムーー!」吠えるスバルはその影の隙間からレムだけでも外へ逃がそうとする。だが黒い影はスバルの視界前面を覆い尽くし隙を作らない。さらに左右も背後も影が呑み込んでいた。
「クソ…ここまできたってのに…!」もし影に呑まれれば命を落とし、死に戻りする羽目になる、リスタート地点が更新されていない限り、スバルは己の内側にルイを抱え込んだまま、やり直すことになる。それを恐れ、だからこそ、このループが最後の機会だと全力を尽くしたのにーー、「バルス!しっかりなさい!レムが泣くわよ!!」「ーーッッ!!」黒い影の向こうからラムとパトラッシュの必死な声が飛んでくる。しかしスバルは言葉を吐き出す事ができなかった。それより早く黒い影がスバルをまるごと呑み込んでいた。
『ーー愛してる』真っ暗な闇の中で囁いてくるのが聞こえた。「戻ったら最悪の状況が待ってるかもしれない。頭をすっきり切り替えたルイが今度こそ死に戻りを奪お言うとするかもだ」『ーー愛してる。愛してる。愛してる。愛してる』
草原
「けど、負けねぇよ。俺は、負けない。今度こそ、約束を守る」「明日の明日のために、何度だって戦ってやるよ」重ねられる愛の言葉はスバルの拒絶さえ意に介さない。そしてスバルを闇の中へ呑み込まれーー『ーー愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛し』『我、ボルカニカ。古の盟約により、頂きへ至る者の志を問わん』次の瞬間、直上より降り注ぐ凄まじい青い光が世界を包む闇を直撃した。そして猛烈な光が闇を食い尽くし、世界は一気に色を変えて。
「う…」ざらついた感触に顔を撫でられ、スバルは呻きながら瞼を開けた。ぼやけた視界ははっきりとしてくる間もなおもスバルの頬をざらついた感触がずっとあって。「あーぅ?」聞き慣れない声がスバルの意識を浮上させる。てっきり愛竜のものと思っていたが「う、ぁー?」スバルに馬乗りになり、顔を舐めているのは、ルイ。アルネブだった。「う、おわあああーーっ!?」ありえない光景に驚愕しとっさにルイを突き飛ばした。
「な、な、なんだてめぇ!?何のつもりだ!?また俺をおちょくって…」「うー、うー、うあー」「うあーじゃねぇ!何が、何があった…俺は死んで…?」ルイは草むらに仰向けになったまま手足を子供のようにばたつかせて唸っている。意図がわからない。それ以前にーー「ここ、どこだ…?」目に飛び込んだのは鮮やかな緑の平原。草花がちらほらと風に揺れているそれは、広い草原のような、アウグリア砂丘にはありえない光景だった。
「草にも、実体がある。味も…ぺっぺっ!草だ!」それが本物か確かめた。そして自分の状態を確かめ、服の破れ具合から直前の監視塔を取り巻く戦いの痕跡が残っているのを確認した。つまりあの戦いは確かにあったことで、スバルはまだ死んでいない。「ーーそうだ!レム!レムは…」目の前にルイがいるなら、あの瞬間同じように抱えていたレムもいるはず。そして草原を探すと程なく、背の低い草むらに横たわるレムを発見する。
「レム!ああ、よかった…ちゃんと無事だ…」スバルはその場にへたり込む。見た所レムに外傷はない。そしてスバルは周りを見渡す。四方、監視塔の気配も仲間の姿も見当たらない。大きく口を開け、叫ぶ。「エミリアたーん!!ベア子!!ラムーー!!」「うー、あー!」しかし返事をしたのは寝そべるルイだった。
英雄
ルイは何を企んでいるのか、間違いなく持て余す状況下、しかしレムを守れるのは自分しかいないとルイに対処すべく立ち上がりーー、腕をそっと誰かに引かれた。「ーーえ」立とうとしていたスバルは掠れた息をこぼした。ガクガクと膝が震え、全身わけのわからない汗を掻き始める。「ーーぁ」ゆっくりと瞼が震えて、薄く開き始める。その向こうに閉ざされていたのは、湖のように済んだ薄青の瞳。それが好きだった。胸を締め付けるほどに懇願するそれが好きだった。ずっとずっとずっと、その輝きに焦がれていた。
「ーーレム」唇を震わせ、彼女の名前を呼んだ。「レム、レム…レムっ、レムぅ…れ、む…れむぅ…」彼女の名前を呼ぶ度に涙が溢れだした。「ーーー」パチパチと瞬きをして、ぼんやりとした瞳に光が宿る。ここまでくればスバルの願望が見せたまやかしなんかではないとわかる。間違いなくここに彼女がーーレムがいる。
「ーーぁ」弱々しく唇を動かし何か口にしようとしている。「大丈夫、だ。ゆっくりでいいから…」「ーーぅ」一言でいい。彼女がもう一度、スバルを呼んでくれたら。その一言が聞けたらスバルはーー「ーーたは」「…レム?」何とかささやかな力を解放し、レムは口を開いた。「ーーあなたは、だれ、ですか?」スバルは息を詰めた。それから溜まった息を吐いて、自分の胸を強く叩く。ーーこの可能性は、予期していたはずだ。目覚めたレムがスバルのことを覚えていない可能性は考えていた。暴食の権能を考えれば、それは自然な成り行きだ。彼女が記憶か名前を失い、目を覚ますことは十分にありえた話だった。だかrあ考えないわけではなかった。
「ーー俺の名前はナツキ・スバル」ぐっと強く奥歯を噛みしめてスバルは頬を歪め精一杯の虚勢を張ってレムに笑いかける。「今はまだ、思い出せないかもしれねぇ。でも、俺は…」「あなた、は…」レムの掠れた問いかけにスバルは一度言葉を切り、ぎゅっと目をつむった。それからその青い瞳を黒瞳で見つめ返し、続ける。「俺は、お前の英雄だ。ーーレム、会いたかった」そう言って、誓いを立てた少女の為に、今一度ナツキ・スバルは英雄を名乗った。傷だらけの英雄像を背負い、少年は少女のため再びそう名乗った。ーーもう一度、誓いをここに。ゼロから、彼女との物語を始めるために。
解説・考察
ボルカニカ
今回、一層の試験官としていたのが、なんと神龍ボルカニカでした。長い間ここにいたとされていますが、実は40年前の外伝の『剣鬼戦歌』にて邪龍バルグレンを滅する為に、ジオニス・ルグニカによって商業都市ピックタットに召喚されています。なので400年の時を生きるボルカニカにとって40年は長いのかという疑問も浮かびました。
そしてさらに驚いたのはボルカニカが1層に上がってきたパトラッシュを名前で呼んだことです。これはかなり複雑なことになってきます。スバルがパトラッシュと名付けたのは2年前であり、ボルカニカにも会っていないはずです。
とするとパトラッシュは400年前からおり、名前をつけたのはスバル説のあるフリューゲルかもしれないということです。それなら懐きにくいはずの地竜がスバルに最初から懐いていたのも頷けます。
ただ、400年パトラッシュはどこにいたのかとか、なぜクルシュが所持していたのかとか色々とわからない部分も多いです。また、パトラッシュも未来へ転移したとかそういう話も出てきます。
龍の血
実はWEB版のある部分が丸々書籍版ではカットされていました。ぜひなろうの第六章90『英雄』も読んで見てください。それは、スバルが緑部屋で眠っている間、ユリウス、アナスタシア、ベアトリスはエミリアと共に一層のボルカニカの元へ案内します。
そして試験を終えた後、またボルカニカがボケて同じ言葉を繰り返す状態に戻ったことを説明するとベアトリスが「これはボケてるんじゃないのよ」「魂が虚ろ……つまり、中身が入ってないかしら。だから、決められた発言と、限られた反応しかできない。九割寝てると思えばいいのよ」と解説します。
ただ、肉体は本物だからプリステラの被害者を助けられるかもという話をします。それはボルカニカの龍の血を使うということでした。そこでエミリアはエリオール大森林の永久凍土を回復させられるかもと思うとベアトリスが厳密には王城の龍の血とボルカニカの龍の血は違うと言います。
王城の龍の血は死した龍の最後に脈打った心臓からこぼれた血であり、エキドナが残した文献から「最後の心の臓の響き、龍の心血として器に注がれたり。その血、真の龍の血として王城へ託され、人と龍との盟約の証とならん」となっており。その血を残した龍は死んでないとおかしいということでした。しかし、ボルカニカは生きているから矛盾が発生するということで、ボルカニカと王城の龍の血は違うという結論でした。
そして、スバルが嫉妬の影に襲われる直前に『塔の東側へと目を向けた。塔の東側、そちらには砂海のさらに果て、大地の終わりである大瀑布が――否、大瀑布と、特別な地が存在する』となっていました。嫉妬の魔女が封印されている祠から直接影が伸びてきたのかもしれません。
名前と記憶
そして今回死んだライでしたが、前回のループでもシャウラに殺されてから名前や記憶は元に戻りませんでした。しかし今回はエミリアの名前が戻りました。その違いはここです。
『あれ以外で己を満たしたくない。「おぶっ、うえっ」走りながらライの口から吐瀉物が漏れた』ライは吐いたんですよね。その結果螺旋階段で拳王の力を使おうとして後悔していました。つまりこの結果エミリアの名前は戻ってきています。
そして「ライが食べた順番が記憶と名前が戻る順番じゃないか」という話がWEB版にあったような気がするのですが、今探しても見つからないので修正され削除されたかもしれません。なので、エミリアがつい最近食べられたのですぐに戻った。そして、レムが目覚めたのはその時間差で名前だけが戻ったので、眠り姫状態から解放されたということではないでしょうか。ただ、本当に名前が戻ったのかは不明です。眠り姫状態からの解放=名前戻ったとは言えないので。
そしてユリウスの名前が戻らないのは直接食べたロイから吐き出してもらってないからではということです。この分だと、恐らくライに喰われたクルシュも記憶が戻っている可能性があります。
スバルの記憶
そして今回スバルは記憶を取り戻しましたが、通常ではありえない方法で取り戻しました。それは、これまでのスバルの死が死者の書で観測されており、死んだ回数分死者の書を読む事で自分の記憶を追体験してきました。
なので暴食から記憶を返されたというわけではありません。これはスバルだったから取り戻せたやり方でしょう。
そしてスバルの内側に入っていたルイですが、そのせいでスバルは意識を失い、メィリィの首を締めて殺したり、ナツキ・スバル参上と書きまくったりしていました。
緑部屋のルイ
そして緑部屋に表れたルイ、そしてスバルとレムと一緒に草原に転移したルイは赤子のようになっていました。
これは7章に入っても正体が判明していません。本当にルイなのか、ルイじゃないのか。
考察としては、緑部屋の精霊がルイの体に入り込んだとかがあるようですが、根拠が薄いです。
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