2016年の大ヒット映画、『君の名は。』（新海誠監督）。この作品には、物語のカギになるアイテムとして、「口噛み酒」が登場します。
この記事では、なぜ、お米をかむとお酒ができるのか、その仕組みや原理、気になるそのお味や、作中に登場した意味なども考えてみます。
君の名はには口噛み酒のシーンがある
巫女の衣装に身を包み、きれいにお化粧した三葉が、舞台の上で口噛み酒を作る…。幻想的なシーンでしたね。『君の名は。』には口噛み酒を作るシーンがあります。
これは、ヒロイン、三葉が、代々糸守町の神事をつかさどる、宮水家の巫女である、ということと密接に関係していると思われます。宮水家の巫女には、代々、「夢の中で誰かと入れかわり、糸守町に起こる大災害を、外の人に伝える。」という能力が備わっているようです。
口噛み酒は、唾液の中に巫女のＤＮＡや記憶を封じ込めた、小さなタイムカプセルのようなものなのではないでしょうか。町から遠く離れた場所に奉納するのも、口噛み酒を大災害から守るため。
そうして保存された「タイムカプセル」は、入れかわった「未来の誰か」がこの口噛み酒を口にすることで、巫女と記憶を共有する。そうすることで糸守町に迫る危機を回避させることが目的なのではないでしょうか。
口噛み酒と巫女の関係
ここでは、口噛み酒と巫女の関係について考えていきましょう。古来より、巫女は神楽を舞ったり、祈祷、占い、神託を得て人々に伝えたり、自らの身体に神や霊を降ろす、「神降ろし」＝巫（かんなぎ）を行ったりする、神聖な存在でした。
「酒」と「口噛み」にまつわる逸話は、古くは日本神話（古事記）にもみられます。太陽の女神アマテラスオオミカミとその弟、スサノオノミコトが、互いの持ち物を交換して、かみ砕いて吐き出し、そこから神の子が生まれる、というシーンです。
アマテラスが、スサノオノの剣を噛み砕いて吐き出すと、３人の酒の女神が生まれました。一方、スサノオがアマテラスの勾玉の首飾りをもらい受け、同じように口に含んで噛み砕き、吐き出すと、５人の稲作の男神が生まれます。
アマテラスは酒の女神を、スサノオはその原料となる稲の男神を生み出したわけです。神がそれぞれの持ち物を噛み砕いて酒と縁の深いものが生まれる。まさに「口噛み酒」、と言えます。 神話にも登場する「口噛み」の行為、口噛み酒を作る行程は、巫女による神聖なものだったのでしょう。
口噛み酒は実在する？
口噛み酒は実在するのか…。古来より、口噛み酒は、穀類や芋類を噛んで砕くことで、中南米、南太平洋、台湾、沖縄、大隅半島などで作られていました。
例えば、メキシコから中南米では、トウモロコシを原料として「口噛み酒」が作られていました。これが今も南アンデス地方でよく飲まれているお酒、「チチャ」のルーツと言われています。また、アマゾンや南太平洋では芋の仲間である「キャッサバ」を、台湾の山岳民族はアワや米を原料として「口噛み酒」を作っていました。
日本では、大正時代末期まで、沖縄の西表島などで実際に口噛み酒が作られていました。約１００年くらい前までは、実在したわけですね。
口噛み酒の仕組みと原理
ここでは、口噛み酒ができる仕組みと原理を見ていきましょう。現代の日本酒（清酒）は麹（こうじ）を使って発酵させています。
では、口噛み酒は、と言うと、米などの穀類＝外国では芋類、トウモロコシなど、をよく噛むと、穀類に含まれるデンプン質が、唾液中のアミラーゼという酵素で分解されて、糖質に変化します。それを吐き出して壺などにためておくことで、自然の酵母や、口腔内の常在菌の働きによって発酵がすすみ、糖質がアルコールに変化します。アミラーゼが麹の代わりをしているのですね。
口噛み酒は多くの地域で、処女、あるいは巫女など、若い未婚の女性が「口噛み」をして作った、と伝えられています。美味しいお酒の条件には、「雑味がない」、「雑味にクセがない」、ことなどが上げられます。雑味は、お酒の成分に、不必要にアミノ酸が多く含まれすぎていることで現れます。
このアミノ酸は、細菌などの微生物によって作られますから、「口噛み酒」の中に、口腔内の雑菌が多く含まれていればいるほど、酒の味はまずくなる、と言うことになります。生まれたときに、母親から健康的な常在菌群を受け継ぎ、大きな病にかかることなく育った若い女性の口腔内には、健康的な細菌群が存在する、と考えられます。
つまり、若い未婚女性が口噛みして作った「口噛み酒」が、シンプルに、一番美味しかった、と言うことでしょう。古代の人々は、仕組みは分からなくとも、口で米を噛んで保存するとお酒ができることを、経験的に知っていたのですね。
口噛み酒の味
さて、気になる口噛み酒のお味は…？作ってみないと分かりませんよね。
許可なく自作、販売すると酒税法違反になるのですが（『君の名は。』の作中でも三葉が言っています）、大学の農学部などで、許可を取って実際に「口噛み酒」を作る実験をしているところもあります。
それによると…、噛んで甘くなった米を、唾液と一緒にフラスコにためて、自然発酵させると、「甘口の日本酒にヨーグルトを混ぜた感じの味」のお酒ができあがるそうです。
いわゆる「どぶろく」に近い、濁り酒なのでしょうか。興味深いですね。
まとめ
古来日本では、「口噛み酒」作りが、巫女による神聖なものだったことが分かります。また純粋に、若い未婚の女性が作る「口噛み酒」の方が「美味しい」とも言えます。
でもちょっと、自分で作ってみるのは勇気がいりますよね。
『君の名は。』の映画の雰囲気を楽しみたい…、そんな方には、映画の舞台となった、飛騨市にある蔵元、渡辺酒店が販売している「聖地の酒」がおすすめです。劇中に出てくるような白い瓶子に入っているところがポイント。中のお酒は、飛騨産の酒米「ひだほまれ」を使った純米吟醸です。詰め替え用ボトル、巫女のイラストが入ったラベルなども販売されています。公式とのコラボではないのですが、通販でも手軽に買えます。
お酒は「人類の友」、と呼ばれるほど長い歴史を持っています。悠久の歴史に心遊ばせながら、今夜は日本酒で、晩酌してみませんか？
