さよなら絵梨考察|元ネタは『ぼくのエリ』でぼかしなしや爆発オチなんてサイテーの意味に吸血鬼

『チェンソーマン』の作者であり『ルックバック』でも話題になった藤本タツキ先生の新作読み切りである『さよなら絵梨』が公開され話題になっています。

そこで今回は『さよなら絵梨』の解説考察や元ネタは映画『ぼくのエリ200歳の少女』であること、最後の『爆発オチなんてサイテー』になった意味や吸血鬼についてなどご紹介します。

目次

藤本タツキ先生の『さよなら絵梨』が話題

藤本タツキ先生の最新読み切りである『さよなら絵梨』が、ジャンププラスで公開され話題になっています。

藤本タツキ先生が描く作品は本当に独特で、藤本タツキだなぁとわかる内容ですよね。ただ、意味が理解できなかったり、Twitterの誰かしらの考察を見ないと理解できない部分があったりもします。

やはり考察ができる作品だったり、読者の感情を揺さぶる作品は面白いです。逆に批判が多かったりもする藤本タツキ先生の作品ですけど、それ以上に面白いと言う人が多いですよね。

ということで『さよなら絵梨』についてみていきましょう。

『さよなら絵梨』の元ネタモデルは映画『ぼくのエリ200歳の少女』

藤本タツキ先生は前回の『ルックバック』でも映画好きが伝わってきたかと思いますが、今回の『さよなら絵梨』は映画が中心の作品でしたよね。

そして『さよなら絵梨』の元ネタのなった作品らしくものは発見されています。

それは2008年に公開されたスウェーデンの映画で英語では『Let the Right One In』日本では『ぼくのエリ 200歳の少女』という作品名になっています。

ぼくのエリ』は母親がおらず、学校でもいじめを受けていた主人公のオスカーが、隣に引っ越してきた親子の娘であるエリと出会う話です。しかしそれから周囲で殺人事件が頻発して起きます。それはエリが吸血鬼であり、本当の父親ではないエリの親代わりの男性がエリを生かす為に人を殺して血をエリに与えていたからでした。

そういった内容のオカルトサスペンス的な作品です。ただ日本のタイトルの副題が『200歳の少女』なので、200歳という普通の人間では生きられない年数になってますから、ここで吸血鬼ってバレちゃいますよね。

エリという名前や吸血鬼という存在、少年が少女と出会うという流れも『さよなら絵梨』に似ていますよね。

『ぼくのエリ200歳の少女』のぼかしなしのネタバレ

https://twitter.com/lilili88888/status/1499686610341826562

そして『ぼくのエリ200歳の少女』を検索すると“ぼかしなし”なんてキーワードが出てきます。

少年が吸血鬼のエリと出会う物語ですが、実はこのエリは去勢された少年だったんです。

なので、この部分にぼかしが入っており、主人公のオスカーがそれを見た時にぼかしが入った日本版では
オスカーが別の意味で驚いているように思えてしまうんです。

しかし本当の驚きの意味は去勢されており、さらに女性だったと思っていたのに男性だったからということからですね。

これがぼかしの意味です。ただ中々凄い映像だそうなので、日本では中々見せられない映像だったと思われます。

『さよなら絵梨』爆発オチの意味と『爆発オチなんてサイテー』

それから『さよなら絵梨』では最後、爆発オチをさせており、Twitterでもみなさん『爆発オチなんてサイテー』とこれを言わせる為に爆発オチにしただろなどとつぶやいていたりしました。

『爆発オチなんてサイテー』の元ネタはfateシリーズのイリヤの発言だそうですが、他にもありそうな気がします。

そしてなぜ最後に爆発オチにしたのかの意味ですが、主人公は映画のどこかにファンタジー要素を入れたいとしていました。しかし現実に絵梨が吸血鬼だったので、ファンタジー要素がなくなってしまったわけです。

なので、最初に作った母親の死の映画の話と同じように何かファンタジー要素を入れようということで、最後爆発オチにしたんだと思います。これは1つの考察ですけどね。

『さよなら絵梨』の考察

作り手も傷つかないとフェアじゃない

https://twitter.com/jinmen_kaeru/status/1513177551770091524

「創作って受け手が抱えてる問題に踏み込んで笑わせたり泣かせたりするモンでしょ?作り手も傷つかないとフェアじゃないよね」この言葉ですが、中々出てこない言葉ですよね。これだけで藤本タツキが凄いと思わされてしまいます。

作り手も苦しんで描いてるからこそ、作品を見る相手も苦しむだとか、こういう考え方凄いです。

最後の爆発は映画の中なのか現実なのか

正直この作品は漫画ですし、現実ではないんですが、その中に現実と映画の中がありますよね。

そしてこの作品はどこからどこまでが、現実なのか映画なのか読者に委ねられているような感覚になり、どちらが現実かわからなくなります。

そして最後の爆発オチですが、これは現実だったのか、映画の中だったのかということです。

そもそも漫画なので、爆発オチも漫画の中の現実であってもおかしくないです。そして先程も言った吸血鬼という本物になってしまった現実要素を消してしまうということも言えますし、主人公は何度も映画を再編集していたとなっていたので、吸血鬼だと知ってファンタジー要素を入れるために爆発オチにさせたという映画にしたことかもしれません。

セリフがこの作品のことを言っている

『さよなら絵梨』はこの作品自身のことを言っているのではないかというセリフがいくつかありました。

上記画像もそうですね。

「文句はたくさんあったけど中々見ない尖り方をしてて驚きの方が多かった」「確かに幼い作品だとは思うけど…でも上映時間20分近くあったのに飽きずに見れたしどこまでが事実か創作かわからない所も私には良い混乱だった」

まさにこのセリフの通りですよね。

さっきも言った現実と映画の中どっちなのかわからないというのがこのセリフの通りですよね。

まとめ

個人的にはとてもおもしろいと思った作品ですし、絵梨が画面で、みんなをぶち泣かせるといったシーンではこっちも泣いてしまいました。

泣けないなんて人もいると思いますが、私は泣きました。そんで最後の爆発オチは笑っちゃいましたねw

マジで意味わかんねーともなりましたから笑

ということで今回は『さよなら絵梨』についてご紹介しました!

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